府中刑務所を見学して 

喜田 邦彦
 6 区 隊
 職種:普通科


                          府中刑務所を見学して
                       
 昨年末、「安全保障・危機管理学会」(理事長二見宣氏)のお誘いを受け、府中刑務所の見学に参加した。
ここは、保安警備と人権擁護の観点から、一般見学を許してない。学会の特性と引率者横山氏が法務省関係者であることから、特別に許された。
刑務所は、法務省設置法に基づいて設けられた刑事施設であり、@犯罪者を隔離して社会の安寧秩序を図り、一方でA刑罰の執行過程で教育・作業・職業訓練を実施し、B善良な市民として社会復帰させることを目的とする。

発足は石川島の人足寄場

 所長のブリーフィングによると、そのルーツは江戸時代の火付け盗賊改め長谷川平蔵が隅田川河口の石川島に人足寄場(よせば)を設置したことに始まる。

 明治28年に石川島から巣鴨に移転し、「警視庁監獄巣鴨」と改称。明治36年に司法省管轄の「巣鴨監獄」に改編。大正11年に「巣鴨刑務所」と改称されたが、関東大震災で全壊。昭和10年に現在の地に移転し、「府中刑務所」と改称。当時は、累犯受刑者で改善困難な者を収容していた。
現在の府中刑務所は、刑期10年未満の日本人・外国人男子受刑者を収容する日本最大の刑務所である。収容分類によると、B級―犯罪傾向の進んでいる再犯者、F級―外国人受刑者、М級―精神障害者、P級―身体障害者・軽度の疾患者を収容している。

 敷地は、東京ドーム6個分(262,055m2)。周囲は、高さ5.5m・総延長1.8kmの塀に囲まれており、周辺に住宅地・東芝工場・学校が所在する。

 収容棟は10舎(監獄らしい呼び方)、病院・体育館が一棟で、何れも3階建。独居・雑居、日本人・外国人を棟毎に分け、保安・警備と人権擁護を重視して収容している。
収容定員は、2千808人、職員数は608人で、12月中旬は2千315名を収容していた。受刑者4人に刑務官1人の割合になる。
受刑の経歴・前科としては、暴力団、覚醒剤関係、窃盗事案が各々3割を占めている。また、再犯者が多く、高齢者の増加という特徴がみられた。
外国人受刑者は約400名なので、収容者6人に1人は外国人。国別にみると、中国人が70%と圧倒的に多く、次いでメキシコ(10%)、イラン(8%)、台湾(6%)、米国(5%)と続く。
罪状は覚醒剤関係が圧倒的に多く(67%)、続いて窃盗(8.1%)となっていた。
 
生活と出役―矯正と人権

 見学出発前に、感染症対策としてマスク着用を求められた。塀で囲まれた所内は無菌状態なので、外部からの雑菌侵入の防止である。万一、インフルエンザ等が持ち込まれれば、たちまち蔓延して刑務所のみならず、周辺住民にパニックが起こるからであろう。

 見学時の注意として、@カメラ・ライターの携行禁止、A入所者に対する声かけ・タッチの厳禁、B常に2列で行動する(入所者数の常時チェック)、Cタバコ・用便の禁止が言い渡された。引率刑務官の統制下、女性を含む28名の団体行動が求められた。
本館と独居棟・工場群の間は、鉄格子で仕切られている。ここに立って人員点検を受けることで、刑務所としての重圧を初めて感じた。

 最初は外国人独居室。洋式トイレ、20インチTV(放送は統制している)、小さな机、ベッド・寝具一式と。四畳くらいの舎房が廊下を挟んだ両側に続いている。

 次は、小さな運動場。出役(工場に働きに出ること。娑婆の出勤にあたる)で誰もおらず、刑務官が掲示している新聞をかたずけていた。高齢者が多くなり、実際に運動できる受刑者は入所者の半数程度になっている。こうした形で、新聞の閲覧は許されている。

 浴場には2つの浴槽があった。週2回、2交代で、脱衣→一斉入浴→着衣→点呼の15分間、刑務官がガラス越しに番台から監視を継続している。

 日本人雑居房(集団部屋)はフロアが畳敷だった。4人程度が同居し、隅に寝具がきれいに畳まれ、洗浄した食器が袋に詰められて整頓されていた。独居と異なって、やはり圧迫感はやわらげられる。「牢名主」などがいるのかどうか・・・質問できる雰囲気ではなかった。

 続いて、工場群の見学。最初は皮革工場(財布・バッグの模様付け)で、圧倒的に外国人が多い。実際は、日本人と半々程度だそうだが、作業割り当ては本人の希望・特技によるそうだ。職業訓練を兼ねている。

 次は、縫製工場。高齢者には、椅子に座るミシンがけでなく、畳の上で軽作業を行わせていた。同じような作業衣・帽子を着けているが、ここでも高齢者の多さが目についた。

 印刷工場では、コンビニ・スーパーで見かける値引きシールが作られていた。ここでの作製は、人件費が抑えられるので安くできる。見学後、「入所者の更生・矯正につながるので、皆様も名刺等で是非活用してください」と、引率の保護司から協力を求められた。自動車整備工場もあったが、そこは今回パス。

 所長の話によると、入所者には作業報奨金が払われる。平均賃金は月平均2千円程度だが、特殊技能者は2万円になる場合もあるとか。

 工場を回った際、その場の監督者が引率刑務官に対し、「○○作業場、××工程、人員△△名、作業中!! 」と敬礼して大声で報告した。自衛隊の巡察・点呼と似ている。

 人権尊重の面では、個人の意思を尊重して宗教的行事に参加させる。但し、作業中のお祈り(イスラム)は許可してない。また、工場で監督者が作業員を呼ぶ場合、呼称は番号でなく固有の名前を呼ぶようにしている。

 一方、受刑者は機械装置が動いていることもあり、黙々と、個々に、作業を続けていた。中には見学者に顔を見られるのを嫌がる者がおり、我々が通り過ぎるまで通路に背を向けて壁際に立っていた。

 食堂は、外から献立ケースを覗くにとどまった。今も米7、麦3の割合は変わらず、飯の量は作業内容と年齢に応じ3段階としている。「くさい飯」と昔から呼ばれているが、非常にヘルシーでダイエットに適している。
府中刑務所の開所記念日、同じ献立の飯を民間業者に作らせて、来所した市民に販売したところ、非常に好評で完売したと所長は胸を張っていた。  
ご飯代わりにパンもあるし、イスラム教徒用の「ハラル」と言う特別献立も準備している。受刑者の食事・飲料代は、一人一日532円83銭(犯罪白書25年版)だから、自衛隊の850円前後(地域により格差あり)と比べると相当安い。

懲りない面々―高齢者の再犯

 我々世代−戦前と団塊の中間−にとって「刑務所」と言えば安倍譲二の『塀の中の懲りない面々』を思い出す。一筋縄ではいかない懲役囚たちの日常は、「塀の中」で自由が制限された服役にもかかわらず、入出所を繰り返す「累犯者」を「懲りない面々」と称した。それから約30年が過ぎたが、そうした連中は形を変えて今も刑務所にいる。

 11月に発表された『犯罪白書』によると、昨年の検挙者総数26万2千486人で、再犯者が12万余と過去最高の46・7%を占めた。
うち、刑務所に入所した者は2万2千余で、2度目以上の再々入所者が58・9%と、10年連続して上昇が続いている。

 特徴は、@再犯に及んだ犯罪は窃盗が圧倒的に多い。A2年以内に再入所する割合が4人に1人を占めている。B高齢になるほど早期に再入所する点である。新たな「懲りない面々」とは、所得のない高齢者による再・再々入所の現象である。

 12月4日のNHKクローズアップ現代は「犯罪を繰り返す高齢者」を取り上げ、窃盗内容が日用品の万引きが多いと紹介した。「所持金はあったが、親族の入院費への不安から思わず手が出た」「次も盗めば刑務所行と知っていたが、考える余裕がなかった」等の動機が語られていた。先月まで1年半服役し、更生保護施設で生活していた者もいた。当然、病気・孤独・生活保護・生活不安が付きまとう。

 こうした再犯者の収容や矯正や治療に、批判や葛藤がないわけではない。「犯罪者にそこまでカネを掛ける必要はない」との批判や意見が出るのは当然だろう。だが、人事院総裁賞を受賞した八王子医療刑務所長の大橋秀夫氏は、「敵味方や貴賤、立場に関係なく施されるのが医療。予算内で、過剰ではない、必要な処置をするのは当然」と言い切った(読売新聞、2014.12.7)。

 『犯罪白書』は「高齢犯罪者が増え、就労確保を通じた従来の再犯防止策では、立ち直り支援は難しくなっている。犯罪を重ねる前の段階での指導や支援が重要」と指摘している。人権擁護の高まりの中で刑務所は、刑事施設と言うより福祉施設に近づくのだろうか。なんとも釈然としないものを感じた次第である。

警備か更生か―機械か人か

 所内見学を通じ、@刑務官の年齢が高く、若い人が少ない。A監視カメラや鉄の扉が意外に少ないと感じた。また今回、構内各所の映像・情報を集中し、警備を一元的に統制する箇所は見せてもらえなかった。無いかもしれないが、時間と雰囲気から質問を回避した。

 テレビや映画で見る米国の刑務所は、コントロール室で人の出入や扉の開閉をIT化して監視している。また、カネのかからない官民協働の刑務所も紹介されている。

 日本でも4カ所の刑務所がPFI方式(官民協働)で運営されている。
「島根あさひ社会復帰促進センター」は、約1千500人の男性受刑者を収容しているが、国の職員200人、民間職員400人の態勢だとされる。産経新聞(2014.11.13)は、「刑務所という重々しいイメージを払拭し、現代的な施設の中で地域の協力を得ながら、先進的更生プログラムを実施することで近未来の刑務所をめざしている」と紹介している。

 だが、収容者の分類・特質に基づき、「刑罰の執行・警備」と「受刑者の更生・人権」のどちらに重点を置くかにより、「機械か、人か」の分かれ目になろう。しかし刑務所の基本が「犯罪者の隔離」にある限り、やはり「機械より人」を優先すべきだと考える。

 長年にわたって積み重ねたノウハウを持つ刑務官こそ、五感を働かせて入所者の逃亡や犯罪や違法行為や、それらの兆校を把握・発見しうる。ベテランの刑務官は受刑者の感情を素早く・厳格に読み取ることができる。機械警備ではそれができまい。但し、看守が受刑者に覚せい剤を渡す事件も、ここで起こっている(2013年)。落とし穴はある。 

 最後に、天災地変への対応を伺った。徳川時代、江戸市中の大火や大地震の際は牢屋のカギを解いて囚人を放ち、2〜3日後に自主的に戻ってくる慣習が採られていた。もっとも、当時の牢屋は刑務所でなく、拘置所だったので未決囚が多かったのだが・・・。

 さて現代、大震災や火災が発生した場合、刑務所はどんな対応を取るのだろう。
引率してくれた刑務官は、@日頃から受刑者を含んだ消火訓練を行っている。A緊急事態には、隣接する官舎から非番の刑務官が駆けつける。Bそれでも対応できないときは、近隣刑務所から刑務官の応援を得て対応する、と言い切った。

 原則として、法務省関係者で処置・対応し、警視庁等との連携はないそうだ。そのため、敷地内に10棟近い官舎群が整備されていた。自衛隊のように近隣からの通勤を待ってでは、「トラを野に放つ」ことになりかねない。司法警察において「職・住の一体化」という現状を確認することができた。危機管理にあたる政治家・官僚・自衛官はこうあるべきで、カネ・財政の観点から官舎制度を見直す政策こそ、見直されるべきではなかろうか。

 それはともかく、「少子高齢化」が叫ばれる日本。青年層の麻薬汚染と、高齢者の無気力が、社会の底辺で進行していることを確認した刑務所見学となった。
                           
参考とした資料・メディア

 ・ NHKテレビ「クローズアップ現代」(2014.12.4 放映)
 ・ Wikipedia 「府中刑務所」
 ・ 産経ニュース「近未来型PFI政務所の現状」(2014.11.13)
 ・ 読売新聞「人事院総裁賞を受賞した八王子医療刑務所長」(2014.12.07)
 ・ 法務省『犯罪白書』
 ・ 堤八束『一読会心』(江戸の刑罰)

                

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