防衛白書ななめ読み

喜田 邦彦
 6 区 隊 
 職種:普通科


第一印象――今年も重かった


 今年も9月初め、陸幕広報室から26年度防衛白書を頂いた。
それ以前にも白表紙を某ルートから得ていたが、3冊の新刊書は重かった。
内容という前に、重量そのものがである。

 A4短縮版、500頁余。カラフルな写真・要図をふんだんに使い、ダイジェスト版を頭書に、120頁の資料を末尾に付け、紙質も上等だから重くなる。
寄贈を受けているので正確な値段は知らないが、千200円程度だから「安い」というべきかもしれない。
 ただし、公表と同時にネットで公開しているので、「高い」と思われる向きはこちらで見ることができる。文字や写真は小さいので読みづらい点は、ネット社会では当たり前かもしれない。

 今回は「刊行40回」にあたるだそうだ。小野寺防衛大臣は巻頭で、「白書を毎年刊行して防衛政策を説明している国は、他にほとんどありません・・・白書の刊行を積み重ねてきたことで、我が国の防衛政策の透明性は国際的にも高い評価を得ています」と、「毎年刊行」を自画自賛している。
だが、米国のQDRはその言葉通り4年に一度。しかし、「透明性を欠く」との批判は聞いたことがない。透明性は、「律義さ」より、表現(曖昧性)にあるのでは?
もう一つの特徴は、大臣交代が噂された時期の発刊だからと思うが、大臣の写真がふんだんに登場する点にある。

T部 安全保障環境――意図して省かれた文言は、なに・なぜ
 白書は毎年8月上旬に閣議で承認された後、直ちに発刊(白表紙の白書)される。
直前にそれらはマスコミに配布されているので、各社はその概要を一面や社説で取り上げる。
関心の高いのは、安全保障環境の分析と結果であり、これだけしか載せない新聞もある。
 読売新聞の見出しは、「中国防空圏 強い懸念」「グレーゾーン 警鐘」。 社説では「中朝の軍事挑発に警戒強めよ」であった。
各紙とも、中国による防空識別圏設定、異常接近、800回のスクランブルに懸念を示し、「アジアの不安定要因の深刻化」を伝えている。

 ここで一つ指摘しておきたいことがある。
白書に「第1・第2列島線」という言葉は用いられていない。
軍事関連書や有力新聞はこの言葉を多用するが、防衛白書にはない。
陸幕所在庁舎をうろついて耳にしたことがある。陸幕が作成した南西諸島防衛のパンフレットに「第1列島線」の用語と要図を入れたところ、内局から猛烈な反対が出てパンフを作り直したとか・・・。
 白書は、閣議で承認を要する。中国が公式に発表しない用語や戦略は用いるべきでないとの配慮(?)が外務省や内局筋にあったと推測している。注@
 仮想敵に配慮するという例は、白書につきものの慣例のようだ。
英国が「国防白書」を公刊したのは第2次大戦前(1953年)。ヒトラーが大軍拡・徴兵制復活に乗り出したので、軍人を含む役人は国際連盟への過信で安逸を貪っていた国民に、海峡防衛、野戦軍の復活、都市爆撃対応を促そうとした。
だが、政府や大臣は、そうした方法がヒトラーの怒りや過剰反応を招くと考え、敵意や軍拡の表現を薄める条件で、公表を許可した。(イギリス現代史 下 A.J.P.テイラー)これが、軍備が2年遅れた原因の一つだとされる。

 日本の白書に戻ろう。
ロシアの記述が極めて少ない。クリミア「編入」や北方四島での演習の活発化は記述しているが、警戒・抑止を警告する記述は見られない。
陸上防衛や道民にとって、当該正面の防衛は気にかかるが、政府の目は「南西諸島」に向いたまま。というより、プーチン大統領の訪日や平和条約が取りざたされた時期であり、そうした考慮が優先されたのだろう。
 外交・抑止の提要は、右手で握手・外交青書、左手に棍棒・防衛白書ではなかろうか。
また、ノモンハンの教訓として、かの国には常に二正面作戦を意識させておくべきと考える。
 省かれた言葉とその意図や、確固たる国家戦略の視点を持たないと、政府・官僚の言葉の魔術に引っかかることになるのでは・・・。

U部 防衛政策――自画自賛の内容
 昨年末から今年7月まで、安倍政権が安全保障政策、国防問題に取り組んでいたことは、既にご承知の通り。
国家安全保障会議の創設、国家安全保障戦略、新たな防衛計画の大綱、新中期防衛力の整備計画、平成26年度の防衛力整備。更に、集団的自衛権の限定容認・憲法解釈の見直しを含め、次々と閣議決定を行った。

 したがって今回の白書で、その総まとめや意義の評価が強調されるのは、当然だろう。
白書は、政治的色彩が極めて強いのだから。そこで主要新聞の中には、T部の「安全保障環境」の解説だけの掲載にとどめ、U部以下を省く紙面作りも見られた。
 政府を「よいしょ」する記事は書かないとの考えか、政権交代に伴う防衛政策の変更を評価するとの意図かは、マスコミ各社の姿勢に左右される。
その点、「『動的防衛力』と『統合的機動防衛力』の差異について」と言うコラムで、抑止から対処へ、「質」と「量」の整備、統合運用、機動展開を取り上げたのは、適切だと思う。

 また、防衛省が「統合運用を踏まえた能力評価を初めて実施した」ことは高く評価すべきである。
だが新聞報道によれば、シナリオは島嶼防衛に限定していた。
今後、複合事態・二〜三正面を含めた「所要防衛力の検討」を進めてもらいたいものだ。総兵力数が少ないので、特定部隊の機動運用(俗な言葉で言えば使い回し)で所要数のツジツマを合わせたと専門家に言われぬ為にも・・・。
また、総兵力の不足が課題であり、「その場合には国民の協力が必要になりますよ」というメッセージを発する勇気が白書の役割であり、政府・閣議承認の意義ではなかろうか。

V部 事態対処要領――イメージ図に騙されるな
 この章は、ふんだんにポンチ絵が用いられており、懐かしい思い出が蘇える。
筆者の白書との付き合いは、「読み手の側」の立場ではなく「書き手の側」の立場から始まった。
陸幕研究課勤務時代、将来の戦闘様相をイメージアップし、それに基づく装備体系を描き出さねばならない職務だった。
そのためには漫画や絵で示すのが手っ取り早いのだか、それができる人材は陸幕勤務の幹部自衛官に見当たらなかった。
そこで用いたのが、当時登場したばかりのコピー機の活用である。
1980年代にそれが陸幕の中で「衛生課」だけに入った。今でこそ運用説明・事態対処にイメージ図がふんだんに用いるが、これを提案し・事例を提出したのは、我々研究班だったと密かに自負している。

 そこでは、「海岸で戦うか、内陸阻止か」「戦車優先か、対戦車ミサイルか」「対空ミサイルの系列は、機関砲→短SAМ→ホークでいいか」等々。
これをシステム化して示すため、兵器のポンチ絵を作成し、これを拡大・縮小・はさみで切り取って貼り付け、コピーした。大きさや配置は自由自在にできた。それを透明シートに焼いて、ОHPで映し出して説明する。
 今でいえばビジュアル化であり、パワー・ポイントのはしりだったが、上司に同行しての部外者(大蔵・自民党関係者等)への説明では、大変好評を得た記憶がある。

 今はイメージ図と改称され、かなり複雑化しているが、これには大きな問題がある。例えば島嶼防衛のイメージ図(189頁)。一般の人は、「おお、自衛隊は統合作戦で奪還できる能力があるな」と簡単に考える。
だが、ここでも問題は隠されている。作戦は、1か所・T正面だけ? サイバー攻撃はないの? 夜間や荒天でも作戦できるの? 弾は何時でもある? 陸・海・空の通信は可能? 
そうした重大な問題点が省かれている。さらに敵は、自由意思を持って我が弱点を奇襲し、裏をかこうとする・・・。

 この章では、毎回同じ図が掲載されるが、一度、戦闘の本質である「ランチェスターの2次式」の図を掲載し、武器・弾薬の量的優位・戦力点数が2乗で効いてくることを説明するべきではなかろうか。「基盤的防衛力」や「機能」の説明なら今のままでもいいが、「抑止」より「実効性」が問われる今となっては、再検討の要がある。

W部 防衛力発揮の基盤――チェックと読ませる工夫
 白書の目的は、「国民の皆様と諸外国の方々にご理解をいただくため」に作成されている(額賀元防衛庁長官)。
「多くの方にお読みいただく」ことが望ましいなら、公表形態の多様化と共に、ボリュームを限定し、総花的な官僚臭い個所や表現を見直してはいかが・・・。「統合機動防衛力構築委員会」などは、推進機能かチェック機能かよくわからない。

 これだけのボリュームになると校閲が甘くなる。
今年の白書、北海道演習場の要図(350頁)は、重要な演習場が抜けている。然別演習場、天塩訓練場、浜大樹訓練場、静内対空射場は、どうしたのだろう。「全自衛隊の半分を占める」「恵まれた訓練環境」を訴えるなら、なおさら慎重であるべきなのに、残念だ。
北部方面隊が発行した広報パンフレットには、きっちり掲載されている。注A
 チェック体制について執筆陣は、「執筆は分担制です」とか、「少ない人間で全量の通読は難しい」とか、「時間の制約があり、古い資料を使った」とか言い訳するかもしれないが、分量が増えることはチェック量も増えると。

 一方で、飽きさず読ませる工夫も凝らされている。
固くなりがちな内容、飽きて放り出しそうになる分量、施策 の具体化を形容詞で粉飾する官僚文等を考慮した結果かもしれない。
そこで、読者の批判を先取りし、道草で一息つかせ、多様な意見や見方を示す工夫が見られる。その一つが内外の関係者に書かせたコラムである。
一例を挙げると、タイ国軍には150名もの防衛大学校同窓生がおり、バンコクで同窓会が毎年開かれ、最後は決まって「防大学生歌」が歌われるとか。防大で苦楽を共にした多数の留学生が、各国で主要な地位を占め、「防大ネットワーク」を形成することは、自衛隊にとって心強く、貴重な財産である(読売新聞)。

 また、自衛官の海外派遣、長期の災害派遣を支援する施策として、自衛隊が子育て支援の託児施設・保育園を運営している例が述べられている。陸自三宿駐屯地、熊本駐屯地、真駒内駐屯地、海自横須賀地区にあり、今後朝霞宿舎地区にも開設されるとか・・・。

おわりに
 白書の刊行・広報に関し、防衛省は、手回しがいいというか、資金・予算が潤沢にあるというか、漫画版、英字版も用意し配布している。
日本語版を含め、すべてをネットで無料公開している。漫画版は、下手な新聞のQ&Aを読むより、上品な絵と共に、簡潔に要領よくまとめ、わかりやすい。
何だかんだと述べさせてもらったが、白書は自衛隊・陸自の施策や隊員の活動を知るうえで、欠かせない情報源である。落とし穴や間違いを慎重に避けながら(これが一つの楽しみでもあるが)、自衛隊の全体像を把握する観点から、また取材の時間と経費を節約する点から、これからも活用させていただくつもりである。  (2014・09・16)

 注@ 「第1・第2列島線」の概念は、1990年代から中国海軍高級幹部が用い始めたが、公式に対外的に発表された戦略概念ではなく、あくまで人民解放軍内部の構想だとされる。
 注@ 北部方面隊バンフレットには「良好な訓練環境を保有する北部方面隊は、全国の50%の地積を占める大規模な演習場の他、着陸訓練場や対空射場等、様々な機能を有する演習場を管理する」と記されている。


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