東京都の危機管理監 宮嵜氏に聞く 


はじめに
 東京都の「危機管理監」は、石原知事が現職時代(2003年)に創設した総合防災担当の地方公務員(常勤)である。
都の組織規程によると、防災・危機管理に関する事務について総務局長を補佐し、これらの事務を整理する、とされる。

 危機管理監は都の局長級ポストで、総合防災部の全般を統括する。
誤解を恐れずにいえば、平素(平時)は都知事に直属して防災・危機管理の計画・調整で各局の業務を統制し、災害発生時は責任者たる都知事の幕僚長として指揮を直接補佐することのようだ。

 所掌事務は、直下型地震・風水害等の自然災害から、武力攻撃災害・大規模テロ等の人為災害まで、守備範囲は多様・多岐にわたる。
そのため、各種防災計画の点検・修正、政府・自衛隊・警察等との折衝、指定公共機関の統括、警報システムの運用、23区の区長との業務調整により、国民の保護にあたる。

 「危機管理監」である宮嵜泰樹氏は愛知県の出身。
防衛駐在官として中国で活躍され(1996年の台湾海峡ミサイル危機の渦中で情報収集)、第10師団長に着任した直後に東日本大震災に遭遇し、被災地に展開した隷下部隊を掌握して陣頭指揮にあたられた。

 陸将経験者が地方自治体の常勤ポストに起用されるのは初めて。
かって志方氏(陸自58)は、都の委嘱を受けて危機管理に関する顧問の役割を果していた。
宮嵜氏の起用について都の人事課は、「首都の危機管理力を高めるため起用した。自衛隊幹部としての災害派遣の知識に精通している」と、説明している。(日経新聞2012.8.11)

東京オリンピック―テロへの警戒
 2月22日に東京マラソン2015(東京都共催)が行われ、警視庁の警察官64人が「ランニングポリスとして走りながらテロなどへの警戒にあたった。
このイベント、危機管理の責任は主催者にあり、都の総合防災部はそれを支援・協力するにとどまっている。

 しかし、5年後に控えた東京オリンピック・パラリンピック(以下、オリンピックと称する)は、開催都市である東京都と、オリンピック競技大会組織委員会と政府等が、協力して安全について万全を尽くすことが求められる。

 過去のオリンピックでも、ミュンヘン(1972年)、アトランタ(1996年)、アテネ(2004年)、ソチ(2014年)で死傷者を出したように、政治的目的を持つ集団にとって、オリンピックは格好の標的、絶好の宣伝舞台となる(安全保障と危機管理Vol.30)。
過激派イスラム国等によるテロへの対策が求められる一方で、「エボラ出血熱」等の新興・再感染症の上陸・拡散阻止も求められる。
さらには、大会前〜大会中に大規模災害が発生した場合の備えも欠かせない。
その場合は、「おもてなし」どころではなくなるだろう。

 そうした複合事態に備える東京都は、各省庁・自衛隊・警察・消防・民間機関等と連携して取り組んでいく必要がある。それを引っ張る機関車が危機管理監である。
警視庁の特殊部隊の装備は進化しているが、防護マスク等の数は十分であろうか? 
地下鉄サリン事件に見舞われた東京メトロ(株式会社)が、それを完備したとの話は聞いたことがない。
今後オリンピックに向け、装備の充実を進める必要があると危機管理監は語った。

小笠原サンゴ事件―グレーゾーン対応?
 昨年9〜11月にかけ、小笠原諸島沖に中国のサンゴ密漁船が急増し、最大時は212隻に達した。
この多数の長期にわたる中国船の不法行為について、火箱芳文氏は「「単なる密漁ではなく、海上民兵による情報収集、第2列島線突破のための予行ではないか」と指摘した(隊友新聞)。

 海上保安庁は中国人船長の逮捕に踏み切ったが、多勢に無勢で歯止めはかからなかった。
しかし11月10日の日中首脳会談を機に、中国船は姿を消した。

 その一方で、小笠原の漁業組合が「1か月以上漁ができず、死活問題」と都に提訴したことを受け、都の主導で外務省、国交省(海保)、水産庁等の参加を得て、「小笠原諸島及び伊豆諸島周辺海域における外国漁船の違法操業に関する連絡会議」を開催するとともに、政府・関係省庁に善後策を要望した。

 台風の接近時期であり、荒天避難を理由に小笠原諸港への避難・上陸も予想されたが、政府はそれを認めないとの態度を声明し、中国へ帰るよう外交ルートで求めた。
しかしそれでも強硬上陸した場合、海保は対応できない。となると理論的に、治安出動→自衛隊の出動になる。

 警察権の行使も数的に限界があり、治安出動も想定される段階で、サンゴの窃盗→領海侵犯→集団の不法上陸→治安出動→国防問題への進展が予想された時期である。
うがった見方をすれば、ソフト戦術として政府に代わり地方自治体が乗り出したといえよう。
事実、そうした調整場面は、テレビでも報道された。

直下型地震への対応―「想定外」に挑戦 
 首都直下型地震の起こる確率は、今後30年以内に70%と言われている。
その際の被災見積も、東日本大震災で見直され、死傷・行方不明者14万7千人、建物全壊30万4千棟、帰宅困難者(近隣からの通勤者・通学者)70〜90万人(読売新聞2月20日)と試算される。

               
                           (都庁を中心とした新宿周辺)

 危機管理監から、最大避難者3百万人の一日の食糧がパン×万個、仕分け拠点が×千カ所、運搬車が×千台。道路が通れるかどうか不明。宅配業者に委託できるか、都区の職員があたるのか。自衛隊ヘリが多数必要、との説明を受けた。
しかし阪神大震災を振り返っても、それらの生き残りによる再活用や、流通機関(当時のダイエー)による他地域からの支援はありうるわけで、スケールの大きさに圧倒されるより、それをどう把握するかが問題なのではなかろうか。

 理解できた範囲で、都の防災シナリオは次の段階・様相と理解した。
被災初日から24時間の1日目、過去の経験から、多くの救援部隊が駆け付けるのは難しい。
したがって、それを受け入れる拠点の確保・整備に勢力を集中する。
大型機のヘリポート(都の公園等)、被害情報の集約拠点(公民館等)、被災者の避難所の確認、活用しうる経路と医療機関の確認である。
帰宅困難者に対しては無理に帰宅を勧めず、状況が定まる3日間程度は、職場・学校等に留まってもらう。

 2日目、全国から自衛隊・警察・消防・物資が23区に進出してくるだろう。
これを前日に確認・準備した各拠点に受け入れ・誘導し、できる限りの被災情報を提供し、本格的な救出救助活動を開始する。
その場合も、3〜4万といわれる警視庁・機動隊の主力は、治安の維持・交通統制に充てざるを得ない。
よって、救出救助の主力は全国から集まる自衛隊・警察・消防に頼らざるを得ない。
被災者に対する食糧等の郊外からの搬入、その一方で負傷者等の郊外病院への後送が急がれる。
陸送のみならず水上輸送を活用したい。

 3日目、魔の72時間。
全力を挙げて救出救助、交通路の整備と確保、インフラの整備復旧の開始、帰宅困難者の帰宅準備、都内の医療体制の整備にあたる。

 ・・・とまあ、大まかにはそうした方針・手順を考えておられるようだ。
だが、平素住民と接している警察が、治安の維持(暴動・略奪等)、交通統制を主体に活動するというのは、少々理解しがたい。
皇居が存在し、政治中枢の機能も集中することから、警察の活動や治安の維持も重要になる。
下町とオフィス街では、対応も異なるだろう。

 首都直下型地震では、「想定外に備える」難しさを感じた。
机上やPCで最悪の数をはじき出しても、環境の複雑さ・スケール・縦割り行政から、解決策はなかなか見い出せないものだ。
複合事態や不確定要因もあり、東日本大震災での菅首相のように法律を無視・停止したり、強権力を用いないと解決し難いのだろうか。
確かに、関東大震災では「戒厳令」がしかれた。
だが被爆した直後の広島では、生き残った船舶部隊と指揮官・佐伯中将は、戒厳令でなく各機関との定期的な連絡会議と役割分担で、見事に救援活動を成功させている。
現代、直下型地震対応を迫られた場合、知事と危機管理監のコンビによる「調整・役割分担・統制」で、都民の救世主になっていただきたい。

ミサイル攻撃による災害―東京は火の海?
 危機管理監の守備範囲に、武力攻撃災害への対処等、国民の保護が含まれる。
しかしながら、それを実行するための情報手段は十分ではない。
例えば、北朝鮮によるミサイル発射の兆候があったとしても、それが何処に・何時・どれくらい撃ち込まれるとの情報がなければ、自治体として「どの程度の被害を予想すべきか」決まらない。
となると、住民に対する避難指示等も適時性・適格性を欠いた内容にならざるをえまい。

 基本的な都の役割は、?住民の避難、A避難住民等の救援、B武力攻撃災害への対処となろう。
また、千代田区には皇居があり、国家機構の中枢である省庁も存在するが、それらの対処・対応は各省庁の責任となり、都としては関与しない・できないことになるのではないか?

 筆者は、官邸・警察・防衛・東京都の情報共有システムは平時からあると考えていた。
奇襲対応も考えられるからだ。
だが現状は、緊迫段階で立ち上げられる国の現地対策本部や都の現地連絡調整 所などの設置を待つ。
補助的に、関係実務者による臨機応変の会談を行うそうだ。 
「東京を火の海にする」と隣国が騒いでいる。

 広島が原爆に見舞われた際、県庁も市役所も警察も陸軍第2総軍も、指揮者・指揮機能は完全に失われた。
この時、宇品の陸軍船舶部隊が被爆を免れた。
佐伯文郎司令官は防災計画に関係していなかったが「非常事態」と判断し、救援命令を発している。
非常事態には「非情の手段」が必要であり、それを決断するのが君主たる者の役割だと、マキャベリーは述べている。

 
                            (東京都が想定している危機・災害)

東京都の総合防災態勢―長所と問題点
 各種災害における「避難命令(指示)」の発令者は、市町村長である。
東京都の場合、区町村長に責任・権限がある。都下・伊豆大島での豪雨災害では、町長がそれを躊躇して非難を浴びた。
避難勧告等は、早すぎても遅すぎても文句が出る。日本人、まして年寄りは強制されることを嫌う。
都の危機管理監は、23区及び都下市町村長のそれについて助言する立場にある。

 一方、災害派遣の要請は、一元的に都知事が第1師団長に行う。したがって区長は、都の危機管理監を経由して都知事に要請する。
しかし実態は、危機管理監が窓口たる第1師団と事前調整をすすめている。
一方で、自衛隊東京地方協力本部は、広報官が足で稼ぐ情報収集活動を行っており、精度の高い生情報を本部に逐次あげている。

 ところで23区の区長は、自治体消防を持ってない。
東京都が東京消防庁を一元的に統制しているので、区長としては他県の自治体首長に比べ、その部分の意識が低くなりがちではなかろうか。
区役所機能に防災担当者は設けているものの、危機管理官を置いてない区役所もあるそうだ。

 東京都庁の防災センターは、都庁ビル第1本庁舎(高さ243m、48階)に所在する。
ここでは平素(平時)、関係者の教育や図上演習等が行われ、防災通信の各種設備もあるだろう。
但し、職員の出入りはエレベーター使用となり、震災時は停止が予想される。
東日本大震災で本庁舎のエレベーターは半日ストップし、階段使用を余儀なくされたとか。
夜間防災連絡室もあり、休日・夜間も3〜4名が詰めている。

 総合防災部には、警視庁、東京消防庁、防衛省から課長待遇で各1名が派遣されて勤務している。
また、初動対処要員として、総合防災部(約90名)の他に、他局の支援要員が指定され、数百人態勢を計画している。
彼らは、指定された災害対策職員住宅(徒歩約30分圏内)に入居し、待機当番日の行動範囲は都庁から2.5km圏に制限されている。

おわりに
 危機に備える人間の基本はそれほど変わったと言い難い。
昔も今も、人間は理性的であると同時に感情的であり、勇敢である反面臆病であり、正義感を持つ一方で利己的である。
危機を予測すれば猛烈に研究・工夫を重ねて勤勉になるが、緊張が続けば疲れ果てて怠惰になる。
危機に直面すれば、難関に挑む「雄々しい英知」を発揮するが、与えられた状況が予想以上に厳しく、過去の経験則に見当たらない場合は、「不測の事態」だと諦めてしまう。

 人間社会の営みは不断に変化し、技術は発展し、知識は増え、活動舞台は広がり続けるので、過去の事件や危機がそのまま繰り返されることはない。
だが、人間性に付きまとうそうした不完全性、不偏性がある限り、似たようなミスを犯すのもやむを得ないのかもしれない。

 5年後のオリンピック等の開催を控え、それへの対応を探る一方で、多くの尊い犠牲を出した関東大震災・都市型の阪神大震災・複合型の東日本大震災の防災活動を分析され、教訓とヒントを汲みあげてそれを生かすことが、防災・危機管理に携わる者の儀礼だと思う。

 日本の大都市は、東京の成果を見習おうとしている。
都知事・危機管理監以下のご活躍を切にお祈りする。また、それを我がこととし、応援申し上げたいと思っている。
インタビューに快く応じていただいた宮嵜氏、資料等を準備していただいた長岡氏(出向の自衛官)に、紙面を借りて深く感謝申し上げます。                  (2015.02.25 )
                                



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喜田 邦彦
 6 区 隊
 職種:普通科