女性自衛官制度の変遷 昨年8月、安倍政権は「女性活躍推進法」を成立させた。 本年4月に施行されるが、官庁や企業に女性登用の数値目標や行動計画を求める。 防衛省も、政府の男女共同参画方針を受け、女性自衛官の登用や配置について、見直しに着手している。 航空自衛隊はさっそく、戦闘機パイロットに女性登用の方針を打ち出した。 これまでは、輸送機や救難機で女性を活用してきたが、重力が母体に与える恐れがあるとして戦闘機への配置を認めてなかった。 一転、4年後の東京オリンピックでは、女性パイロットによる曲芸飛行を披露するそうだ(読売新聞 2015.11.11)。 空自パイロットのОBに聞くと、「セレモニーや展示はいいとしても、スクランブルや実戦に対応しうるか」と疑問を提示した。 かって「婦人自衛官」と呼ばれた女性の自衛官は、平成15年に「女性自衛官」に名称を変更した。 その歴史は、昭和27年の保安庁時代、看護職域への女性採用によって始まった。 看護婦資格を持つ60名女性を採用し(志願者は千名)、自衛隊の病院・医務室に配置した。 昭和33年には、自衛隊が自前で看護婦を養成する看護学生制度を発足させている。 陸自が一般職域への女性登用に踏み切ったのは昭和42年、当時すでに少子化が叫ばれ、「男性自衛官での充足率維持は困難」「女性の特性を生かす」「防衛基盤の育成」の三本柱で制度が改革され、海・空自に先駆けワック(WAC Women’s Army Corps)が登場した。 その後、男女雇用機会均等法(昭和60年)、育児休業法(平成3年)、男女共同参画社会基本法(平成11年)、次世代育成支援対策推進法(平成15年)と、女性を取り巻く社会環境が大きく変化し、女性自衛官の数も職域も増えていった。 また、出産・育児等による中途退職を減らすため、育児休業時における代替要員制度が、平成19年にスタートした。 平成27年3月末の陸自女性自衛官の総数は約8千名、全体の5.7%を占める。 これは、15個師団・旅団の1個師団分又は2個旅団分に相当する。 その一方で、優秀な人材が集まり、女性自衛官が活躍する場が国の内外に広がっている。 平成4年度、防衛大学校で女子学生の募集が始まり、平成13年には「防衛庁男女共同参画本部」が設置され、平成17年度末の陸海空女性自衛官総数は目標の1万人を達成した。 部隊活動面でも、イラク復興支援では126名の女性自衛官が派遣されて期待に応え、東日本大震災では女性予備自衛官を含む彼女たちが、通訳・衛生・被災者ケアーの面で多大の貢献をした。 これからの女性自衛官の活躍・登用を促すため、次の施策が28年度の防衛予算に計上された。 ・ 勤務と家庭生活の両立を支援する整備費に2億円(基地・駐屯地での託児施設の新設) ・ 緊急登庁支援(児童の一時預かり)の備品整備に2千万円。 ・ 「両立支援ハンドブック」を作成し、AGS(幹部上級課程)やCGS(指揮幕僚課程)のカリキュラムに加え、中間管理者 たる男子幹部の意識改革を図る。 ・ イージス艦の女性自衛官居住区画等の整備、女性自衛官教育隊の庁舎改修等に9億円。 ・ 職務の特殊性を考慮し、在宅勤務を可能にするテレワーク用端末のPC整備。 ・ 諸外国軍人との交流を図る「女性活躍シンポジウム」の国内開催。 若者の人口減少から男性隊員の志願者は頭打ち。女性隊員の活用は国際的な流れでもあり、自衛隊にとっては予備自衛官の確保とともに、縦深戦力の確保から不可欠といえよう。 しかしながら、自衛官・部隊の原点は、その精強性、任務遂行能力、即応性にある。女性自衛官の登用や配置を検討する場合も、それだけは外せない。 20年前に筆者は、普通科、特科、機甲科への女性自衛官配置に反対し、3職種の富士学校教育課長がスクラムを組んだ経緯がある。 しかしながら、人口構造の変化と、社会的価値観の変化を受け、女性自衛官の増加や現場への進出はやむをえないのだろう。 問題点は、どういう分野に配置し、役割を担わせるかである。そこで、先進諸国はどう対応しているか、探ってみた。 イスラエルの女性―市民防衛・保護活動を担う 人口600万のイスラエルは、国民皆兵を採って女性も徴兵の対象とし、4次にわたる中東戦争の勝利に貢献してきた。 こうした「国家存立の危機」だけでなく、「市民防衛・国民保護」でも女性が中核的役割を果たしてきた。 国内にパレスチナ人(約100万)を抱えるこの国では、今もロケットやミサイル攻撃を受け、自爆テロによる被害が後を絶たない。 20年も前だが、イスラエル国防省を訪問して驚いた。 徴兵で服務に就いている若き女性たちが、国防省の前庭で陸・海・空軍ごとに教練や武器操作を行っていた。 また陸軍情報部の通信室では、若い女性たちが大隊長以上の指揮官の無線をモニターしており、その対応とおしゃべりでむせかえるようだった。 通信室の上司・男性少佐は「ここは、ユダヤ民族の花嫁学校ですよ」と笑い飛ばし、「仕方がないよね」という腕を広げるポーズをとった。 イスラエルの兵制では、女性兵士の第一線投入を禁じている。理由は、母系社会を維持していくため。 正統ユダヤ人とは、「ユダヤ教の女性から生まれた者」だけなので、女性を大切にしなければ正統ユダヤ民族は消滅すると考えている。 だから、徴兵の未婚者でも戦闘職域や第一線地域への配置を禁じている(パレスチナ側の捕虜になることを警戒)。 その結果、通信、情報、兵站、管理、衛生、法務職域に女性兵士が集中する。 筆者が軍の施設を見せてもらった際も、案内、通訳、ブリーフ準備、運転は、陸・海・空・国防大学とも、若い女性兵士や女性下士官が担当していた。 2年の徴兵を終えた女性(男子は3年)の予備役期間は24歳まで(男性は51歳)。 出産育児のため招集免除された25歳以上の女性は、コミュニティやキブツを守る役にまわる。 有事になれば、ほとんどの男性が予備役で招集され(常備6万を1〜2日で40〜45万に急速拡大)、コミュニティや都市から消えてしまう。 そこで、予備役の女性が高校生や老人の補佐を得て、社会やコミュニティを守る仕組みを採っている。 ロケット攻撃や自爆テロからの被害者救護・国民保護活動−パブリック・セキュリティ活動−で女性が優れている点は、被災者に対しマニュアル通りで手を抜かず、丁寧に対応する点にある。 これは、弱者や被災者救助の原理に通じる。 つまり、ヒトに対する救護・救援は医学・物理的処置だけでなく、メンタル面の支えが求められる。 文字にすれば簡単で自明のことだが、男性にはなかなかできない。 筆者も退官後、災害ボランティアの講習を受けたが、女性被害者やお年寄りへの救急処置ではとまどう場面が多かった。 ノルウェー等の女性―徴兵で第一線に乗り出す 北欧における男女平等社会(権利の平等、負担の均等)はよく知られるが、ノルウェー女性の活動域は「国防の第一線」にまで広がるようだ。 ノルウェー議会は、男性に限っていた1年間の徴兵義務を、女性に拡大する法律を承認した。 第2次大戦でドイツに占領され、現代ロシアによるクリミア半島併合に危機感を募らせた結果である。 ノルウェーの北部国境はロシアと接しており、ムルマンスクの軍港も近い。 17歳の男女6万3千人に徴兵通知を発送し、今夏の若き女性の入隊に備え、軍事施設に女性用トイレやシャワーを急遽増設した。 スエーデンもバルト諸国も徴兵制に踏み切ったが、ノルウェーの女性に対する徴兵制導入はNATOでも初の試み。 いずれの国も人口は1千万以下で、少子高齢化が進み兵士数が極端に少なくなっている。 国防の直接負担についてもノルウェーは「男女平等・共同参画」を打ち出し、女性の徴兵に先陣を切った。 ノルウェー軍での女性登用は、男女平等運動が高まった76年に始まった。 入隊を希望する志願兵部門が、女性に門戸を開放した。 80年の入隊組から女性のルンドル少将が誕生し、一昨年、女性初の国連平和維持軍司令官に就任している。 現在のノルウェー軍は、10%弱の女性兵士の割合を、20年までに20%にまで引き上げる計画だとか。 女性の徴兵導入にあたりノルウェー軍は、革新的「男女平等プロジェクト」を立ち上げた。 一つは、女性兵士も男性兵士と同じ部屋で寝起きさせる。 性暴力への懸念もあるが、問題ないと見ている。 もう一つは、女性兵だけの空挺部隊の創設である。空挺部隊こそ伝統的に男世界だったが、部隊を新設して徴兵した女性の受け入れを始めた。 しかしその軍事的能力について、ノルウェーで妥当か否かの論争が始まった。 空挺降下による奇襲作戦用でなく、空挺降下を移動手段とする後方支援の部隊と推測される。 それにしても、「空から若い女が降ってくる?『アマゾネス』は 大いに歓迎するぜ!」などのジョーク(?)が聞こえてくる。 ドイツやデンマークでも、男女平等の原則からほとんどの部隊が女性兵士を受け入れてきた。 但し男性兵士は、彼女らの存在を快く思っていない。 例えば、ドイツの調査では、女性の身体能力が前線の任務に適してないと答えた男性兵士が56・6%にのぼっている。 55%の女性兵士が、わいせつ行為を受けたとの調査結果もある。 それでもノルウェー国防相(女性)は、「女性の徴兵を認めたことを誇りに思う」と述べている。 国防への参画を「誇り」と見る社会の価値観も見逃せない。 また国防軍の司令官(男性)は、「体を鍛えれば女性も軍務に適する」と、制度改革に自信を示している。 この実験が成功するなら、女性の徴兵制は他国にも広がるだろうか。 ニューズ・ウイークのレポーターは、「その場合も、男女同室と言うノルウェー流を踏襲するかどうかはわからない」と述べている。(Newsweek 日本語版 2015.03.31) 「狩猟社会であり、バイキングの末裔でもある彼ら・彼女らは、男女間の性的関係について、或は男女共同参画社会をめざす考え方について、日本とは大いに違う」と、フィンランドのPKО学校に留学経験を持つ同期生が解説してくれた。 米国女性―能力主義で男社会に挑戦 2001年の同時テロ以降、米国内の女性たちの間で身の安全に対する関心が高まっている。 一般の女性間に銃の保有が目立ち、民間の射撃練習場が増えたことがそれを示している。 シングルマザーの増加、共働きで夫が留守がちの時代、国際テロや銃の乱射事件を機に、「自分や子供の安全は自分で守るしかない」との観念が急速に普及した。 米国社会の「できる女性たち」は、仕事を含め、あらゆる面で自立への道、自己への挑戦を目指している。自己防衛意識や広義のセキュリティへの意識の高まりは当然とみなされ、国防・軍隊・ボランティア・社会奉仕への参画に反映されている。 今世紀に入り、米国の女性兵士は後方支援だけでなく、F15戦闘機のパイロットなど戦闘要員として登場した。 最近は、過酷な訓練で知られる陸軍レンジャー学校で5人の女性兵士と21人の男性兵士が無事卒業し、大きな話題になった。 初めての女性兵士を交えた訓練では、障害物コースを走り、重装備で3km走り、更に水中で戦闘を繰り広げる過酷な訓練をクリアした。 カーター国防長官は昨年12月3日、「来年から最前線での戦闘任務を含む全職種に女性の配置を認める」と発表した。 女性の軍隊への進出を支援する組織もある。 ウィメン・イン・ディフェンス(WID)では、安全保障関連省庁で活躍が期待される優秀な女子学生・大学院生に対し、特別奨学金を支給する制度があり、応募者が年々増える一方とか。 米国史を振り返えっても、女性たちは建国当初から軍隊にかかわってきた。 独立戦争(1775〜83)では、女性の参戦を認めてなかったが、男装や偽名で参戦した女性たちや、砲撃手の任務に就いた夫が負傷したと知った妻が、砲台に立って応戦した武勇伝が残されている。 西部開拓史を支えた男たちの陰にも、そうした「肝っ玉母さん」の存在が伺える。 筆者が1983年にフォートブラッグに留学した際、第82空挺師団の女性隊員が降下訓練で死亡する事故に遭遇した。 米軍基地では師団長の奥様が主催する追悼集会が行われ、軍人のみならず家族も参列していた。 しかしながら、「女性兵士(兵科は通信)の降下訓練は危険だからやめよ」という批判や論調は、マスコミを含め聞かれなかった。 彼女は志願したのであり、挑戦・殉職した者に対する栄典・補償制度は整っていると教えられた。 近年では、ウエストポイント卒業生の16%、陸軍兵士全体の15・6%を女性が占めている。 今年の大統領選挙には、20代の独身時代に一度は海兵隊入隊に志願したこともあるヒラリー・クリントン氏が立候補している。 結果次第では、「女性最高司令官」が登場し、女性の国防への参画もさらに活性化するかもしれない。(読売新聞 2015.12.05) だがこんな裏話もある。イラク戦争(1993年)の際、米国政府と戦力不足に悩む陸軍は、女性兵士を含む州兵を招集し、イラクの戦場に送り込んだ。 ところが、彼女たちは妊娠したことを理由に、帰国を申し出て戦力になりえなかった(井上編集委員長)。 「米本土が侵される」なら立ち上がるかもしれないが、「熱砂の外国に出かけて戦うのはいや」という実態を見せつけた。 かの国の女性は、自立を求め、男社会へ挑戦し、高い地位や名誉を求める。 そうした能力主義の態度からは、自己顕示を図ろうとする意図も伺える。 それは、自己を犠牲にして国家や社会を守らんとする国防現場の兵士たちとは、違うような気もするのだが。 やまと撫子―国民保護主体の役割へ では、女性自衛官の「戦闘行動への参画」、「任務部隊への配置」をどう考えるか。 「自衛隊を管理する役所としての防衛省」は、社会の流れに乗って女性活用に旗を振っている。だが問題もある。 第1に、ノルウェー型「男女の均等負担」を建前とする能力発揮は、陸戦では考え難い。 陸戦はマン・マシンシステムで任務を遂行するが、女性戦闘員の能力が低い場合はマシンの改良が欠かせない。 戦闘機パイロットへの女性の登用は、IT機器がコックピットに搭載され、パイロットの負担が軽減されたため可能になった。 防弾チョッキや小銃を男性用と女性用とに分けて作ったとしても、戦闘・防護能力を低下させては意味がない。 第2は、部隊編成の観点である。平時の男女混成から有事に男性のみに切り替える案もある。アメフトのように攻守の交代・入れ替えは、団結・士気の面から信頼し得ない。 また、命がかかった場面で率先垂範する女性指揮官がいたとしても、男どもはついていかないだろう。 指揮官にはカリスマ性が求められるが、「フォロミー系」のジャンヌ・ダルクより、「癒し系」のナイチンゲールが好まれる。 もともと日本人には、女性を「山の神」として崇めても、「勝利の女神」として崇める慣習はない。 第3に、母性保護の観点と過酷な勤務環境の線引きが難しい。 保育所や託児施設が必要となれば、女性の配置は都会の部隊に偏る。 しかしそれは、僻地・寒冷地・離島の現場で「危険をかえりみず職務を遂行する」男性に対する逆差別につながらないか。 第4に、災害派遣を含む出動が長期化した場合、女性隊員が後顧に憂いなく戦い、耐えうるかという問題が出てくる。 また、第一線の交代要員になりうるかとの疑問も生ずる。 こう考えると、女性の結婚・出産への対応に関して、平時は代替え施策でカバーできたとしても、有事は大きな課題を抱えこむことになりはしないか(例、米軍州兵の女性兵)。 では、政府の方針である「女性が輝く社会の実現」を、いかに女性自衛官に当てはめるか。 そこで考えられるのが、イスラエル方式の「パブリック・セキュリティ」の担任である。 武器を用いない出動で、国民保護・コミュニティの安全を担任してもらう。 セキュリティの過程は、「不安・怖れ」という脅威認識に始まり「安心・満足」という感情・心理で終結する。 その間に、政策(ソフト)と手段(ハード)が用いられ、メンタル・感情面でその成果が評価され続ける。 そう考えると、女性によるパブリック・セキュリティ活動への参画は、社会に大きく貢献できるはずだ。 最近は日本女性の間にも、危機管理やセキュリティが意識され始めた。 食品の偽装問題、通学児童の安全確保、銃刀や麻薬の拡散、ゲリラ豪雨による避難問題が相次ぎ、警察や行政任せの態度ですまなくなっている。 自衛隊は、災害派遣や国民保護出動の任務を持っている。 その際の女性隊員の役割と実績は、東日本大震災で証明された。 地域と密着している各県の自衛隊地方協力本部や駐屯地業務隊に「パブリック・セキュリティ」の分野を設け、募集・援護と同様に方面総監部行政副長が統制してはどうだろう。 徳川家康の家臣だった本多重次が戦場から妻に送った手紙文に、「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」がある。 これは時代錯誤ではなく、男女の役割分担の基本だと思うのだが・・・・。 (* 写真は編集者がインターネットから取得)
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女性自衛官と欧米等の趨勢
喜田 邦彦
6 区 隊
職種:普通科