陸上戦闘ロボット 実現はなぜ難しいか


                       陸上戦闘ロボット 実現はなぜ難しいか

ロボットは3D任務にうってつけ
 手塚治虫がロボット漫画「鉄腕アトム」の連載を開始したのは1952年。それから60年余。工場では溶接・組み立てロボットが新車を生み出し、回転寿司屋ではシャリを握るロボットと会計精算システムが導入され、各家庭にルンバと称する掃除機が普及している。
 コンピューターとチップの小型化・集積化で、音声・動作(身振り)・認識の技術は格段に進化した。現在、商業面で運搬用の無人ヘリ、福祉面で介護ロボット、防災面で無人機での情報収取が注目を集めている。ロボット化を早める技術的素地は着々と進んでいる。

 軍事面では、無人機の実用性が高く評価され、米空軍は戦略偵察・無人爆撃の部隊を運用している。パレスチナ・ゲリラや北朝鮮ですら、無人機を保有し活用している。陸上自衛隊も、方面情報隊に無人ヘリを装備し、普通科部隊には戦場情報に限定される無人偵察機(AUV)を装備している。
 軍事ロボットの実用化を促す日本の特徴は、陸自の防衛予算に占める人件費の割合が多いことから、企業と同様に高給の隊員をロボット技術を活用して削減せよとか、陸自定員枠(普・特・機)を減らして海空装備の増加に回せと言う論調が根強いことだ。
 一方、戦闘ロボットの実用化を促すも欧米の理論は、大量破壊兵器の拡散に伴い戦闘犠牲者を減らす工夫を急ぐべきとの人道的見解である。日本の福島原発事故でも、破損した原子炉周辺で放射線を測定するロボットが不可欠だった事例は、記憶に新しい。

 米陸軍は、リモコン誘導による地雷探知TALON型ロボットを、爆弾や地雷の確認・処理に投入している。アフガンやイラクにおける武装テロ・ゲリラ勢力は、山岳地帯・都市の路肩に急造地雷・爆弾を仕掛け、車両を停止させ降りた兵士を狙撃する。これに対応するTALONは、犠牲者の発生を抑え、立ち往生のロスを防ぐのに有効だとされる。
ロボット兵器の開発を推進する米国防総省によると、それらは単調(dull)、汚い(dirty)、危険(dangerous)という3つのDに当てはまる任務に「うってつけ」だと報告した。
 また米陸軍は、手投げ式の小型ロボットを空き家や不審な建物に投げ込み、上記を併用することで、犠牲者を抑えることができたと評価している。

遠隔操作ロボットと自律ロボット  
 湾岸戦争の際(1991年)、イスラエル製で非武装の小型無人機が活躍した。砂漠の嵐作戦間、米海軍だけで330回出動し、3機が対空砲火を浴び、一気が撃墜された。遠隔操縦機が遂行した任務は、イラクの移動ミサイル発射機の発見・追尾、哨戒艦の監視、地上軍の集結状況の確認で、収集された情報は戦闘機や武装ヘリに送られ活用された。

 人間操作型ロボットの欠点は、人間ほどの聡明さを持たず、人間とのコミニションが必要で、その通信手段やコンピューターに妨害電波やウイルスが送り込まれることだ。そうした状況で、自律型制御のロボットの開発が急がれた。そこから生まれた兵器が、無人爆撃機であり、事前に経路等をプログラミングし、後は「打ちっ放し」とするトマホーク巡航ミサイルである。その特色は、人間よりも早く情報を集約し、初歩的な意思決定ができる点にある。学習効果を積み重ねることも可能で、フライトシュミレーターに活用されている。だが爆撃機は、地上目標の発見が難しく、実戦での誤爆が問題になった。

 現在、「遠隔制御ロボット」と「自律制御化されたロボット」との間には、様々な複合型が存在する。自己判断能力を持つが、ある状況下では遠隔操作に切り替える兵器である。米軍三沢基地に配備されたグローバルホークは、三沢基地の「地上パイロット」が一定高度まで操縦して離陸させ、事後の移動・発見・識別はカリフォルニア州空軍基地に居る「地上パイロット」に引き継がれる。高度約6万フィート、約30時間の偵察が可能。

 ところで、戦闘場面で戦闘員が果す役割は、戦場に移動し、目標を発見・識別し、標定・射撃し、確認・評価するサイクルの、一部又は全部を担う機能発揮にある。このうち、自律化・ロボット化をもって、空中・海中・宇宙を「移動」→目標「発見」→「識別」する機能はほぼ完成している。だが、人間が介在せず目標物体を「標定」→武器・弾薬を「選定」→「射撃」する点に、「判断・決定)」と「技術精度」の問題がある。現時点では、運用されている無人機に搭載された武器の使用は、人間が遠隔操作でコントロールしている。

                    
                            グローバルホーク

地上「移動」の自動化は非常に難しい
 戦闘指揮所のコンソールの前に指揮官が据わり、無人の戦車ロボット4〜6台を一人でPCを通じて運用する。これが地上戦闘の理想だろう。だが、戦車ロボットの自動操縦は技術的に大変難しい。

 陸上戦闘ロボットの活動領域は陸地。それが海・空域と異なるのは、媒体が水や空気でなく、地表面の地形・地物の存在は多様性に富み、「移動」そのものを困難にしている。
 地表面の地貌、植生、土質、人工物、及びそれらに対する天候・気象の影響は、陸戦ロボットに対し路上・路外、河川、湿地等への対応と、雨、風、霧、夜間、埃等への克服を求める。これが、海軍・空軍の無人兵器・ロボット兵器の開発に比べ、陸戦ロボットの開発を複雑・困難にしている。
 また地表面は、水や空気に比べて抵抗が大きいだけでなく、海・空域のように三次元移動を阻むし、トンネル・橋梁・田圃等の制約を受ける。更に、自動操縦をロボットに期待するなら、地図情報とGPSが必須になるか、低価格のGPSはまだまだ誤差が大きく、民間用としても実用に至ってない。

 これに代わる方法として、コースを一度走行し、周囲の樹木や建物の位置などを事前にセンサーで調べて記憶させる手法がある。同じ場所を走行する時に照合するためである。だが、太陽光の加減でセンサーも解析する映像もぶれる。人通りが増えたり、風の影響で樹木の形が変わったり、交通量の変化によって景観も変化する。状況が刻々と変化する戦場では、データー照合の精度と判断は信頼性に乏しい。
 また透明な物体(ガラスやプラスチック)や、偽装したヒト・モノの認識技術は未だ完成せず、現段階では至難の業だとされる。さらに、明るさや暗さに慣れることや、雨、霧、雪等の視界不良時も問題になる。民間では自動走行のロボットが活躍しているが、それは環境が整備され、補助設備のある工場や研究室に限られている。

 米陸軍の車両操縦自動化の試験おいても、不整地における完全な自動化はできてない。砂漠の実験では、走行路の判定・確認、障害物の回避・克服、適切な速度の切り替え等の総合判断が難しい。さらに、パンク・横転・転覆・履帯破損等の場合、回復処置を単独で実行することは困難である。そこでモニターを使い、人間が指令を与えている。前述した無人の戦車ロボット4〜6台の運用には、4〜6人のオペレーターが必要になる。

                       
                           TALON社のロボット

運転・射撃の判断も難しい
 「完全無欠の路上走行」を前提とする民間車両・企業も、自動化運転の研究を進めている。焦点は、衝突防止である。だが危険を察知した場合、正当防衛や緊急避難の措置としてハンドルを切るか(衝突をしてよい対象と方向の判断)、緊急停止するか(自損程度の判断)について、あらゆるケースをインプットし、常に正解を引き出さねばならない。例えば、どうしても衝突が避けられない状況(火災等)に陥った場合、前方を走る乗用車のうちどちらにハンドルを切れば損害が軽微になるかをプログラムしておかねばならない。
 また、運行途中で天候気象が急変した場合の対応、転倒やパンク等における対応等を考えると、まだまだ自動運転を実現できる自律ロボットの開発は難しい。

 次に、歩兵の戦闘場面を考えてみよう。班長が、7〜8個のロボットを指揮している場面で、射撃を行うか否か、射撃を継続するか否かの判断をロボットに任せることに関しては、批判を呼んでいる。例えば、戦闘ロボットに大人と子供、市民と軍人を完全に「識別」する技術はできていない。降伏しようとしている戦闘員と、そうでない戦闘員を「識別」することもできない。怪我をしている戦闘員の「識別」も困難だろう。相手の状況を認識しても、理解して心理を読み取る人工知能技術の開発はまだまだである。
 目標物が学校や病院の傍にあったらどうするか。人間の兵士なら、児童等の巻き添えを避けようとするが、ロボットにそこまで考えさせうるかどうか。任務に従い無差別に撃ちまくる「殺人ロボット」になるかもしれない。ロボットに託す判断と行動には限界がある。
 こう考えると、自律型ロボットの役割は、詳報収集、偵察・監視・警戒、戦闘降下の評価・判定、有毒環境下での行動、地雷・不発弾等の撤去、等に限られるのかもしれない。

                    
             SWORDS偵察・射撃ロボット           爆発物処理ロボット(ドイツ)

ロボットの一体化は技術突破が欠かせない
 戦闘ロボットの機能を広げるため、各種センサーを一体化するハード面での実現化も難しい。実験室ではモノを運ぶ動作や人工知能などの個別技術は実現できても、それらを一台一体に組み合わせるとロボットは大きく重くなり、コストもかさむ。肝心のモーター、バッテリー、センサーの軽量・高性能化には、ブレイクスルーが求められる。もちろんその開発には、多くの時間と開発費がかかる。
 第一線に弾薬を届けたり、第一線の負傷兵を後送する補助ロボットを設けるにしても、当該地域全体をカバーする多数のセンサーやカメラを配置し、ロボットの移動・往復を助ける必要がある。だが複雑な地形で、谷間や山陰に電波は届かない。

 そこで登場が予想されるのは、戦闘用防護スーツである。これは、核・化学・生物兵器から兵士を守るだけでなく、暗視装置、自動照準装置(目の動きを追って標的に視線が向ければ照準が完了する)、情報機器が供えられる。最近の「ウェアラブル」の応用だ。
 そうなると、装着した兵士は情報処理に追われ、眼前の状況への対応がおろそかになりかねない。アパッチ攻撃ヘリ2名の搭乗者は、役割を操縦と射撃(情報処理)に分けている。
 また、介護等で用いられているパワードスーツを装着すれば、「40kg以上の荷物を背負って、居眠りしながらも10マイル行軍かできる」能力を持てるかもしれない。そうなると歩兵のイメージは、体力優先の筋肉マン・ターミネーターから、情報処理にたけたエンジニア・スマホゲーマーに変わるかもしれない。スーツを付けた聡明な女性なら、歩兵戦闘に加わらなくても、大地震時に倒壊した建物を取り除く救命に加わることも可能になろう。

                      
                            BIG−DOGロボット

ロボット運用の責任と法律
 戦闘ロボットのもう一つの問題は、攻撃や誤射で被害や犠牲者が出た場合、責任の所在が曖昧なことだ。例えば、昨年10月8日、米軍の無人ヘリが試験飛行中に制御不能になってワシントンの飛行制限空域に侵入した。07年10月には南アフリカ軍の半自立制御の対空砲が誤作動し、味方の兵士9人が死亡、14人が負傷した。

 現在、戦闘ロボットを規制する法律は何もない。それどころが、「戦闘ロボットの定義」すら明確になってない。広義に解釈すれば、地雷も含まれるそうだ。但し、化学兵器やナパーム弾の禁止を定めた「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」の会議で、戦闘ロボットが議題として取り上げられることになった。
 ロボットが過ちを犯した場合、結果に対する責任の所在は今のところ不明である。製造物責任法(PL法)はロボット工学分野ではほとんど考慮されておらず、どのみちメーカーが免責される方向に向かうと考えられている。
 訴訟社会の米国では、プログラマー・メーカー、軍の調達担当者、戦闘指揮官、ロボット操縦者、それに大統領(最高司令官)も責任を問われる可能性があるそうだ。

 ロボットの自律化が進んで人間に近づけば、ロボット自身に責任を負わせることも考えられる。現にロボット工学を脳と統合する研究が進んでおり、脳として機能すれば完全でなくても「人権」に似た「ロボットの権利」なるものが現実味を増すかもしれない。
 ロボットを使う際は、既存の法律や倫理にも従わねばならないが、それらの規則や範囲については、未だ曖昧で考慮されてない。例えば無人偵察機に各種センサーを搭載し、対象者の顔や武器や麻薬を探知する「スパイロボット」に進化した場合、データーベースに接続して運転、医療、銀行取引、買い物等の履歴を照合し、「逮捕につなげるか、プライバシーを保護するか」との問題が起きる。

戦闘ロボットによる国土防衛?
 少子高齢化が進む現代社会。若者兵士・適齢者が減少する中で、戦闘ロボットの登場でヒトの犠牲は抑えられるだろうか。国土防衛の一端を期待しうるだろうか。技術的・法律的・倫理的・軍事的と、各種の側面があって一概に言えない。短期的、部分的にそうしたニーズは起こりえても、長期的・総合的に疑問があると専門家は考えているようだ。

 結局、自律した戦闘ロボットに近づけるよりは、限られた特定目的(3D 地雷処理や戦場情報の収集等)に特化して人命が失われるのを防ぐ方向と、兵器システムにおける機能の一部を機械化・自動化して隊員を削減していく方向との併用になるのではなかろうか。
 陸自は現在、定員の増加に逆風が吹いている現状で、省力化・機械化により隊員を効率的に運用する大胆な施策を進めている。新型の10式戦車の搭乗員は、それまでの4名から、弾薬の装填手を自動化して3名に削減した。また高射特科部隊の中SAM中隊は、思い切った車両化と自動化を取り入れ、ホーク中隊の50名体制を20名体制にまで削減している。

 結論として、戦闘場面で第一線兵士の数の確保と総合判断をロボットに期待することはできないということになる。国土防衛線ともなれば自国民が混在し、武器使用がとかく「正当防衛・緊急避難」「必要最小限」に縛られ、戦闘ロボットによる機械的判断に依存することは国民感情の上からも許され難いと思われる。
 人間の意思決定者でも狂うことがあるが、そのスピードとリカバリーの仕方は過去の体験から知っている。それに引きかえロボット兵器システムは、人工知能が向上しても、ロボット同士が超人的なスピードと規模で行動するので、狂った結果は計り知れないものになる可能性がある。国民は、彼らに日本の安全を任すことはできないと考えるだろう。

 一発の弾も撃たず、一人の犠牲者も出さず、現地の人々と交流する「優しさ」をみせたのは、陸自のPKОに参加した隊員たちだった。平時から訓練を積み重ね、武士道(騎士道)精神を持った彼らこそ、国民の信頼を受けた理想の戦士だと言えよう。人件費の高騰を抑えるため、陸自の兵士を減らせとか、ロボット化せよとは、次元の異なる話である。
 将来の国土防衛にあたっても、その主体は生身の人に担ってもらいたい。これは、去りゆく普通科老兵のロマンであり誇りかもしれない・・・・。  (2014.08.25)
             
参考資料
Newsweek 日本語版 (2014.4.29)
雑誌『MAMOR』(2014. )
読売新聞(2010.10.27)
日経新聞(2012.09.09)
陸幕庶務班『陸上装備の研究開発』(昭和52年)
アルビン・トフラー『戦争と平和』(1993年)
                                           (ロボットの写真は編集者が挿入しました。)


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喜田 邦彦
 6 区 隊
 職種:普通科