はじめに 靖國神社遊就館に、「慶長十六年 堺鉄砲鍛冶 芝辻理右衛門」銘の巨砲が展示されている。 口径92mm、長さ313cm、重量1.7トン(453貫)。鉛玉5.6kg(１貫300匁)を放つ大砲である。 しかしその構造・材質・製法、特に「鍛造」か「鋳造」かがわからなかった。 そこで、1984年に新日本製鐵が超音波解析を駆使して調べたところ、短冊形鉄板を円筒状に多層張り合わせた「多層鍛接構造」で、低炭素鋼を原料にしており、ほぼ均等な同心円状の８層構造で、「和製」鉄砲の鍛造技術が用いられていると判明した。  右上：芝辻理右衛門銘の巨砲 左下：仏郎機 (インドのゴアで鋳造？） 靖國神社所蔵 こうした国産大砲が、天下分け目の「関ヶ原」や「大坂の陣」で、徳川・豊臣軍合わせて千門が用いられた。 もし、これら大砲の設計図や製造方法が、250年後の黒船来航時まで残されていれば、日本の歴史は大きく変わっていただろう。そのことについては、後で述べる。 大砲は、鉄砲に比べて物理的破壊力や心理的影響力が大きく、製造に多くの技術・材料・時間・手間がかる。 だから、財力や権力がないと扱えないので、その政策は特定大名や天下人の専権だったと考えられる。 それゆえ、今でいう「戦略兵器」に例えられよう。 一般に兵器のサイクルは、開発→生産→使用→対抗兵器出現→改良又は廃棄という過程をたどる。 では当時の大砲は、時代の覇者たる信長・秀吉・家康のどんな政策や管理―情報収集・製造・運用・機密保全・独占・廃棄―の下に置かれていたのだろう。 また大砲製造の技術情報が、何故凍結・破棄されたのだろう。 なお、当時の「大砲」の定義は定かでなく、大砲という言葉もなかった。 本稿では、対人用の小火器を「鉄砲」とし、城壁・櫓、軍船等の破壊を目的とする大筒を「戦国期の大砲」と定義する。 よって、50匁玉以上の大筒、石火矢、抱き鉄砲もこれに含ませる。 信長―近代兵器・戦術の先駆者 戦国大名のうち、最も早く大砲を製造し、合戦に用いたのは、豊後の大友宗麟と、尾張の織田信長だとされる。 宗麟の大砲は、ポルトガル人から技術の供与を得た、或いはその模造品だったようで、仏郎機(ふらんき)と呼ばれた。 一方、兵制改革や鉄砲使用に先頭をきった信長は、大砲の国産、鉄張船の建造という独創性を発揮した。 当時、自由都市の和泉・堺は、鉄砲製造の中心地であり、火薬の原料である硝石の輸入港として重要な位置を占めていた。 この商・工業の地を手に入れたことが、信長の経済力と鉄砲整備に拍車をかけた。 しかし彼の大砲製造は、坂田郡国友村であり、姉川の戦い（1570年）でそこを領有したことから始まる。 もともとここにも、有力な鉄砲鍛冶がいた。 長篠の戦（1575年）に備え、国友の鉄砲鍛冶に３千挺の鉄砲を発注した信長は、同時に大砲の試作を命じている。 バテレンから得た軍艦と大砲の情報をもとに、大砲の国産に乗り出した。 信長は、本能寺の変までの14年間、24回も宣教師を引見している。 西洋の軍事情報を得る見返りは、岐阜城で秘密性が高い天守閣を、安土城でも築城現場を案内した。 国友の鍛冶が岐阜城に届けた試作の大砲は４門。 砲身長９尺（約３m）、弾丸は種子島銃の30倍(２百匁)に達し、比類なき大口径砲だったとされる。 信長がこれを用いたのは、石山本願寺との２回にわたる木津川沖の合戦である。 石山本願寺の信徒は、河内の地侍、紀伊の鉄砲衆の雑賀・根来衆の支援を受け、毛利水軍から河川による補給によって、４年間も抵抗していた。 てこずった信長は、６隻の鉄張船に大砲を各隻３門搭載させ、600隻余からなる毛利の水軍を圧倒した。 信長が長期戦を戦い抜いたのは、①「天下布武」に刃向う宗教勢力撲滅の執念、②大砲と鉄張り船に巨額の資金を投入できた経済力、③身分の低い技術集団や九鬼の海賊を登用した機能別軍制だったと言えるだろう。 この時、国友が製造した大砲は、国産の鉄であり、鍛造だった。 製法は、短冊形の過熱した鉄片を芯棒に延ばしながら巻き付け、加熱・鍛打によって接合し円筒を形成する。 さらに加熱した鉄片の鍛打巻き付けの繰り返しで、砲身の厚み・強度を高めた。 発射方法は、先込め・前装式。端的に言えば、この製法は鉄砲の銃身製造と同じ過程を経たが、スケールが桁違いだった。 豊後の大友が製造した仏郎機(ふらんき)は、青銅を用いた鋳造砲、元込め、後装式で、「国崩し」とも言われた。 特徴は、小砲と呼ばれる薬室を後方に挿入し、石弾か鉛玉を発射する。 但し、一貫目以上の大型砲は鋳造が難しく、薬室の暴発による事故も多かった。ために、大砲の主力にはならなかった。 こうして国産大砲の開発は、信長と国友の関係から始まった。 「天下布武」を目指す信長は、大砲製造の独占を企図し、国友鉄砲鍛冶を統制するため長浜城主に秀吉を据えた。 秀吉は、国友の鍛冶集団に「国友河原方代官」職を授け、百石の扶持米を与える一方で、後に「太閤様の掟」と呼ばれる「縛り」を示した。アメとムチによる技術と生産の独占をめざした。 掟の内容は、①信長の受注を優先、②製造技術の秘密厳守、③他国からの大量受注・新技術情報の通報である。 こうした政策から、国友の鉄砲鍛冶は、堺のような金で動く自由市場にはならず、時代の覇者による「兵器廠」的な性格を持つことになった。 しかしこの時代の大砲は、至近距離で船や砦を砲撃する目的で、野戦や攻城に用いられたとの記録はない。 木津川沖合戦で大砲・鉄張り船（火・矢・石等を防ぐ）を繰り出し、本願寺門徒宗を震え上がらせた戦法も、鉄張り船が推進力を持たず曳航に苦労したことや、毛利等の大名や村上水軍が大砲製造技術を持たなかったことから、模倣や普及する様相にはならなかった。 人間は成功体験に捉われ、ややもすればそれを繰り返そうとする。 しかし信長は、百回にも及ぶ戦いで、毎回違う戦法を採ったとされる。 桶狭間に代表される「奇襲戦法」は稀で、時間をかけて戦力を造成集中する物量作戦に特徴が見られる。 鉄砲の大量使用（長篠の戦）、大砲・鉄張り船（木津川沖合戦）の投入は、「天下布武」をめざす信長が情報網を活用し、時間とカネを掛け、戦力を準備する政戦略だったと言えよう。 従って信長が用いた大砲は、戦闘の勝敗こそ左右したものの、戦争の行方を決定づけるものにはならなかった。 万能の兵器でも、決戦の兵器でもなく、第１次大戦に登場したタンクのように、不気味な存在だったに違いない。 秀吉―人心の収攬と大砲の軽視 本能寺の変（1582年）後、天下人をめざした秀吉は、２年後（1584年）に敵対する鉄砲集団の紀州・雑賀(さいが)と鉄砲生産地の根来(ねごろ)を覆滅した。 これは後に「鉄砲狩り」と呼ばれた合戦で、全国的な「刀狩り」の端著となった。 更に５年後の小田原城攻め(1589年)では、堺から大量の鉄砲を買い集めた。 しかし、威嚇射撃と長期対峙で開城を迫り、鉄砲を攻城用に使ってない。 というのも、合戦における秀吉は、「城攻め」に大砲・鉄砲を用いず、「水攻め」「兵糧攻め」「諜略」を好んだ。 物理的な破壊より「人たらし」を重視した。 また当時の鉄砲も、攻城兵器というより守城兵器として用いられた。 こうしたことから、秀吉の大量の鉄砲保有こそが、戦乱の鎮定に貢献したと言われている。 だが、天下を狙う彼は、信長の宗教勢力に対する皆殺し(伊勢長島、比叡山、石山本願寺)に対する「大衆の反発」を感じとっていた。 だから合戦でも、大衆の警戒・離反を恐れ、人気取りを忘れなかった。 賤ヶ(しずが)岳(たけ)の合戦（1583年）時、近隣の農民が大勢見物に来た。 勝者となった秀吉は、山上に群がる見物人から日よけの傘を買い集め、日照りに苦しむ敵味方の負傷者の顔にかぶせ、人気を博したと伝えられている。 さらに合戦終了後も、死傷者や敗者の武具・着衣を奪うことや、敗将に賞金を掛けて落人狩りを促すことで、農民たちに「稼ぎ場」を与えた。 「中国大返し」でも、沿道の農民にカネをばらまき、強行軍を兵站面から支援させている。 当時の合戦は、国内戦・武士同士の戦いで、米の生産者である農民を巻き込むことはなかった。 田畑が荒らされても、所有・生産の権利が奪われる恐れもなかった。 それに対する補償・賠償の意味を含め、秀吉は農民道にカネをばらまき、彼らの「人気(じんき)(民意の動向)」に意を用いた。 大砲の活用についても、重くて戦場での運搬に難儀するし、高価な塩硝を大量に用いコストも嵩んだことから、秀吉は大砲の拡充策はとってない。 ために、国友への大砲発注は減り続け、国友鍛冶の地方分散が始まった。 身分制度が固まったのは江戸時代であり、士農工商のうち工・商人の移動制限は緩やかで、出稼ぎやお抱えや、他国の生産引き受けは、常道だった。 一方、諸国大名は領内での大砲製造をもくろんでおり、国友鍛冶の呼び寄せに努めた。 彼らは大砲を、攻城兵器でなく守城兵器として用いた。 炸裂弾や榴弾のない時代、砲弾として大玉の他に小玉を詰めて発射した。 精度の悪い榴散弾だが、この方法は城を囲む敵兵に効果的だったと思われる。 では、信長が作らせた大砲は何に使われたか。 20万の大軍を朝鮮に送る事業では、参加大名に「御恩」という形で鉄砲と大砲と火薬を支給している。 天下人としての権威を見せつけ、忠節を繋ぎとめる象徴としての役割を「大砲」に持たせたと考えられる。 「関白」秀吉は公家の筆頭として政治を司った。 ために、朝廷や公家や諸侯の機嫌を取らざるを得ない。その手段は、領地でなくカネやモノを用いた。 こうした秀吉の大砲軽視は、朝鮮出兵で思わぬ失敗を招いた。 朝鮮軍のゲリラ戦法と、増援した明軍の洋式大砲で手痛い打撃を被ったが、日本の大砲が能力を発揮したとの記録はない。 日本側は、朝鮮の提督・李舜臣の亀甲船に悩まされたが、軍船に大砲を載せて亀甲船と戦う「木津川沖合戦の再現」は起こっていない。 鉄張船について、秀吉が朝鮮出兵を準備した文禄２年（1593年）に作らせたとルイス・フロイスは『日本史』に記載している。 だがその知識はあったものの、和船の技法では重量に耐えかねず、進水にすら至らなかった。 一方、鹵獲した明国の洋式大砲（西洋製）は、堺の鉄砲鍛冶に渡された。 ために、堺の鉄砲鍛冶が青銅砲や後込め砲の新技術を取得することができた。 これに伴い、国友鍛冶の大砲製造技術の独占が破られ、新規発注もないまま国友鍛冶の生活は困窮が始まった。 結局、秀吉の大砲政策は、明やポルトガルの技術情報に無頓着で、新戦法を編み出す工夫もしない点で、信長とは対照的だった。 また彼の政戦略は、多分に情緒的（美的感受性、もののあわれ、家族愛、郷土愛等）で、論理・合理性による大局観や長期的な視点を欠いていた。 秀吉が他界し、豊臣政権の内部抗争が明らかになった時、天下分け目の戦いをもくろむ家康が、石田三成の支配地であり、不況と離散が続く国友の大砲技術に目を付けることになる。 挑戦者家康―大砲の活用と技術独占 鉄砲装備兵の比率と、大砲装備数が上昇したのは、関が原の戦い（1600年）からである。 朝鮮出兵で戦った諸大名が、鉄砲・大砲の威力を身をもって知ったからだとされる。 家康は朝鮮遠征に加わらなかったが、従軍した加藤清正から明国大砲の威力を聞き及び、天下分け目の戦いを控え大砲の活用に着目した。 秀吉と家康の差は、軍事技術に対する洞察力と、戦略的活用の創造性にあった。 具体的には、大砲の能力向上、運用方法の改善、技術集団の独占、保有数の拡大を図っている。 先ず、英国の東インド会社から、青銅製の仏郎機(ふらんき)５門を1400両で購入した。 次いで、近江の国友に堺の行政長官（鉄砲製作の統制者）を送り込み、「太閤様の掟」破りに乗り出した。 秀吉に軽んじられた国友の鍛冶は、新技術の取得と新製品の製作に期待し、家康の意向を受け入れた。 関が原の戦に先立つ５カ月前、家康は国友に多数の大砲を発注している。 その仕様は、短期間での完成と、野戦での効果である。 更に、運用方法を体系化した。 対象物や射程に応ずる砲弾・玉薬の装填方法、射角設定を可能にする築山や井楼(せいろう)(櫓)の施設、運搬用台車の整備である。 こうした大砲が、関が原で国友の支配者・三成に打ち込まれた。 「太閤様の掟」を破った国友に対し、関が原で敗れた三成にもはや報復力はなかった。 三成の領地は没収され、井伊直政が近江を拝領して国友鍛冶集団の監視にあたることになる。 関が原後も豊臣と徳川のつばぜり合いが続いたが、慶長12年（1607年）、家康は駿府に国友の年寄４人を呼び寄せ、苗字帯刀を許す一方で、「御定」によって「徳川発注の鉄砲・大砲製作への専念」を命じた。 これで、国友鍛冶に対する徳川の統制が確立した。 「徳川の御定」が「太閤様の掟」と違ったのは、火薬の調合分量、試射の実施要領、砲身・口径・弾丸重量などのデーターを、「鍛冶年寄の他、一切他見他言を禁ず」を厳守させた点である。 これが、戦略兵器として大砲の地位を確立する裏付けとなった。 家康の次の目標は、「難攻不落」とされる大坂城を天下万民の前で攻撃し、豊臣側を打ち砕くことだった。 国友に命じた課題は、①城攻め用大砲の開発（精度向上）、②受注の増加に伴う職人の確保、③製造秘密の厳守である。 当時の国友鍛冶は、４人の年寄、10人前後の職人を抱える平鍛冶40軒、炭の生産や原料を輸送する下請け等、家族を含め１万人規模だった。 だが、受注不振が続いた時期に優秀な人材が流出したことから、家康のお墨付きは得たものの「城攻め用大砲の開発」は、困難を究めた。 というのも、精度を求める大砲の製造は試行錯誤が伴った。 河川敷での試射では爆発事故がたびたび起こり、作業の手間もヒマも大幅に増えた。 また、製造秘密にタッチできない平鍛冶は、部外注文への対応に活路を開く道を選んだ。 彼らは、収入の関係から各地大名からの注文を受け続けたし、引き抜きに応じて出稼ぎに出る者が後を絶たなかった。 国友鍛冶のそうした行動は、新技術の拡散に止まらず、家康が描く覇権奪還を危うくするもので、許しがたいことだった。 部外注文者の報告を執拗に求めたのも、そうした懸念と、家康の執念を表している。 現代の核保有国による「核拡散防止」と同じである。 慶長14年（1609年）秋、家康は国友鍛冶に対して発注量を増やし、生活が成り立つよう計らうことで、出稼ぎ職人達の生活を保証した。国友における大砲ブームはこうして起こった。 新たに、１貫匁玉大砲2門、100～300匁玉大筒33挺、20～50匁玉大筒630挺が注文され、その製造は国友の職人全体に活気を与え、平鍛冶40軒が70軒に膨れ上がったとされる。 覇者家康―歴史を変えた１発の砲弾 「大坂冬の陣（1615年）」は、大砲のすさまじい破壊力と爆発音と硝煙を天下万民に知らしめ、戦国時代の終末を告げる事象となった。 100m前後の堀が二重三重に巡らされた大坂城は、巨大な惣構えを持つ堅城でヒト・モノ・カネの蓄えもあり、籠城を破るのは難しいとみなされていた。 当時の「鉄砲」は、６匁（22.5ｇ）玉、有効射程50～200mで、接近しない限り役にたたない。 一方で、１貫目弾を発射する大砲は、1000mの射程を持ち、木製砲台に固定され、低射角で用いられた。 なかでも、国友鍛冶が開発した50匁（187g）玉の大筒は、従来レベルをはるかに越える射程と精度を持っていた。 発注数も図抜けて多かった（300挺）ことからも、その有効性が窺えよう。 徳川方は種々の大砲1000門を城下の３方向に配置し、四昼夜にわたり、斉射を続けた。 破壊力は微弱とはいえ、朝から晩まで弾丸が降り注ぐ状況に、籠城者は辟易しただろう。 又家康は、１貫目玉～３貫目玉の巨砲も製作させている。その音は、京都にまで届いたとされる。 籠城する豊臣方に、それを有効に防ぐ手立てはなく、彼らは能力の低い大砲を撃ち返したに過ぎない。 朝鮮征伐の戦利品である明国製青銅砲や、太郎砲・次郎砲という１貫目クラスも投入したが、これすら秀吉の関心の低さから砲数が少なく、射距離も精度も徳川方に劣っており、弾丸や火薬の蓄えも僅かだったとされる。 『徳川実紀』によると、「稲富（国友鍛冶の指導者）が放ちし大筒あやまたず淀殿の居間の櫓を打崩したり。その響き百千の雷の落ちたるが如く、側に侍りし女房七、八人たちまちに打殺され、女童の泣き叫ぶことおびただし」とある。 強硬な主戦論者の淀殿もこれにはたまらず、家康の和議に応じることになった。 家康の大砲が、戦略兵器としての役割を発揮したのである。 家康の後継者―大砲と技術の封印 ところで、当時の大砲の値段はいくらくらいしたのだろう。 注文台帳の記録を調べた研究者は、徳川秀忠かが注文した１００目玉筒が、一門当たり３５０石、６匁玉筒が一挺９石だから、鉄砲の38～３９倍に値したと述べている。 では、鉄砲の値は？ 初期の鉄砲は一挺30石もしたが、堺で大量生産が始まると15石に値下がりし、関が原合戦以降は、1.5石にまで値崩れを起こしている。 堺の鍛冶経営は、国友に比べて規模が大きかったし、自由競争が貫かれていた証拠でもある。 家康は覇権奪取の一つに「大砲技術の独占」を置き、政治工作も軍備増強もそうした方向で進めた。 だが家康の死後、家光やその補佐者は「神君」の構想をそのまま継承せず、大砲を「体制を危うくする・危険」とみなし、封印に転じた。 「元名偃武(げんなえぶ)」という徳川体制の平和宣言以降、その技術革新を停止させたのみならず、凍結・削減に向けて舵を切り直した。 きっかけは、信仰と鉄砲の結合した「島原の乱（1637～38年）」で、これを機に鉄砲・大砲の製造・所持を厳しく取り締まった。 家康が作った「武家諸法度」13カ条を、家光は21カ条に拡充した。 これをもって、幕府による統治機構を確立し、諸藩の鉄砲・大筒の数を統制し、元禄の「鉄砲改め」で庶民の所持を取り締った。 「鉄砲狩り」の徳川版である。 国友においても、大砲・鉄砲製造の仕事は急激に減り、職人は賃磨きと称する鉄砲補修や、錠前・小刀・金具・箪笥彫刻に転換した。 安政５年（1858年）、国友の平鍛冶は16軒にまで減少している。 こうして大砲製造の技術は凍結され、消滅することになった。 話は幕末に飛ぶ。ペリーが来航する７年前(1846年)、米海軍ビットル提督が軍艦２艘を率い、浦賀に突如来航した。 旗艦は、艦長58.5ｍ（千石舟は約18ｍ）、艦砲80門（江戸湾一帯の砲総数は73門）を備える巨艦である。 幕府は、浦賀に入港中の千石舟17艘を徴発して大筒２梃ずつを積み込み、これを数十艘の引き舟で曳航し、 600艘の小舟で軍艦を取り囲んだ(垣船)。 異国船の停泊中は兵器・大砲を預かる掟だが、ビットルは拒否したので、幕府は泊地を野比沖に移させた。 米艦は、不穏な動きをせず、帰帆している。 幕府にとって、軍艦の江戸湾侵入は初めてだった。 250年も前に、信長は木津川沖の合戦で鉄張り船と大砲を準備したにもかかわらず、アヘン戦争の情報を知りながら大砲と大船の備えを欠いていた。凍結したままだった。 この措置を米国は、国交を拒否しつつも力で阻止しない日本を、殻に籠もった非同盟、非武装中立と見た。 これがペリーの砲艦外交につながった。 では、なぜ大砲の製造が厳格に規制され、技術が凍結されたのだろう。 ●徳川幕府―幕藩体制の維持を狙いとする「軍備管理」を徹底した。各藩が持つべき大砲数と火薬量を示し、隠密等によって各藩の動向を探らせた。 また、各藩の城普請を届けさせたし、大船の保有も禁止した。 これらの違反に対する処罰として、諸藩にお家取り潰しの厳罰を示し、大名家族を人質として江戸に住まわせた。 一方で、農民に対しては「仁政」を建前とし、海防にあたって民衆を「農兵」とする政策は採らなかった。 ●諸国大名―国内戦が厳しく抑制されており、戦いの道具や新兵器に対するニーズが極端に低下していた。 但し一部の藩主は、幕末の海防の必要から、密かに大砲(鋳造)の開発に乗り出した。 ●武士階級―「刀は武士の魂、飛び道具は卑怯」との価値観から、武士の間では大砲・砲術に対する関心が低下した。 佐久間象山は学者であり、高島秋帆は商人から身を起こしている。 ●職人集団―江戸時代における技術の秘匿は「秘事口伝」とされ、師匠の厳しい監督下で行われた。 分家に際しても、製法の儀は一子相伝であり、他見他言してはならぬ、雇用人に対しても、「ご家法の儀は決して他言はいたしませぬ」との誓紙を提出させた。 しかし一方で、生活のために「掟やぶり」も行われた。 ●農民の雰囲気―いつの世も町民や農民は、身近に物騒な兵器が登場することに反対する。 お上は「民を慈しむ『仁政』を敷くもの」であり、戦争や国防は「お上(武士)」の仕事であって、犠牲はごめんという風潮が続いていた。 おわりに ペリーの来航前の幕府・諸藩は、日本の沿岸に600個所(来航後は1000個所)の砲台を準備し、鉄砲や大筒を備えることで「ハリネズミ防衛」を構築したつもりだった。 しかし、固定防御が機動攻撃に効果的でないことは、既に阿片戦争（1840～42年）で実証されており、彼らがそれに気付くには薩英・馬関戦争(1863～64年)という敗北ショックが必要だった。 幕末から明治にかけて、尊皇攘夷と文明開化が叫ばれ、世の中は黒船軍艦への対応、不平条約の是正が重視され、軍事・基幹産業技術に対するニーズが高まった。 明治政府は富国強兵・和魂洋才をモットーに、西欧先進国の先端技術の導入を目指したが、技術蓄積のない悲しさから西欧技術のデッドコピーを買い漁らねばならなかった。 軍備は「国力国情に応じた努力(以前の国防の基本方針)」でなく、「仮想敵国の侵攻様相」に対応させなければ意味がない。 弱肉強食の世界での戦い方は、日々進歩し、技術奇襲という言葉すらある。 したがって、改革改良を加えない軍備は、陳腐化しガラパゴス化する。 都市の城砦、万里の長城、徳川期の大砲がそれを示している。 安倍首相は平成25年の国会答弁で、「今まさに日本を攻撃しようとするミサイルに対し、『米軍が攻撃してください』と頼むような状況でいいのか」と指摘した。 米国の戦略と介入が流動的な日米同盟を考える今、自衛隊が「矛＝戦略兵器」の一部を持つべき時ではないかとの問題提起である。 隣国のミサイル連射に対し、或いは核使用の恫喝に対し、現状の防衛システムでは対応できない。 政府・与党内で「戦略兵器＝敵基地攻撃能力」保有の議論が沸騰したものの、年末に取りまとめた「防衛計画の大綱」に政府は明記しなかった。 一国の軍備と戦略は、10～20年先に予想される脅威に備える努力だが、そこまで見通すことや、国民を説得するのはなかなか難しい。 それでもなお「有効な対処」を求めるには、戦略兵器と通常兵器、攻撃兵器と防御兵器、最新兵器と旧式兵器、陸・海・空兵器にバランスを図っておくことだ。 信長の先見性と、家康のしたたかさを学ぶべきである。 独善や思い込みを排し、世界に通用する「質」とバランスのとれた軍備こそ、日本が再び「有効な対処力のない危機」というパニックを避ける道であり、ひいてはそれが、「侵略の抑止」につながるのである。 参考資料 井塚政義『戦国の光と影 覇権と技術と位置』 洞富雄『鉄砲 伝来とその影響』 窪田蔵郎『改定 鉄の考古学』 所荘吉『火縄銃』 桐野作人『火縄銃・大筒・騎馬・鉄甲船の威力』 鈴木眞哉『鉄砲と日本人』 堺屋太一『歴史からの発想』 松田毅一・川崎桃太郎訳『フロイス日本史』６ 上白石実『幕末の海防戦略』 （ＨＰ編集者追加） 靖國神社遊就館前の大砲  寛永２年（１８４９年）薩摩藩で鋳造され、大阪天保山に設置された青銅製１５０ポンドカノン砲  安政元年（１８５４年）湯島で鋳造され、品川砲台に設置された青銅製８０ポンドカノン砲 
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戦略兵器の開発～凍結
信長・秀吉・家康の大砲政策
喜田 邦彦
６ 区 隊
職種：普通科
