古代エジプト歴遊紀行
2010.11.16〜11.23


                                    
 エジプトのポピュラーソング(女性)
                                    
 エジプトのポピュラーソング(男性)


 
少しずつ、少しずつ、世界の旅を続けてきたが、やはり、世界遺産の宝庫エジプトを落とすことはできない。
たった8日間の、申し訳程度の旅で、超お疲れの旅だったけど、やっぱり行って良かった!!
本当に素晴らしいです。 メヤメヤ!! 
エジプトの歴史の継承と今後のご発展を祈念します。

エジプトへの旅

 エジプト・アラブ共和国の面積は日本の約4倍で、人口は約7500万人、GDPは約16兆円(静岡県とほぼ同じ?) 成田からカイロへは直行で約14時間、帰路は約12時間、時差は7時間です。 ボーイング777で快適な旅でした。エジプトはイスラム国であり、エジプト航空では、お酒の機内サービスはなかったのですが、持ち込みは可能でした。

 1泊目はカイロ近傍のギザのホテルに投宿し、翌朝起きてホテルの周辺を歩いてみると、道路は車優先でとても日本人が道路横断できる雰囲気ではありません。また、交通信号が少なく、車が進行方向を変えたいときには、Uターンできる所まで一しきり走るという感じです。 走っている車は韓国のヒュンダイが多く、日本の中古車も結構沢山走っていました。
町の第一印象は、少しゴミゴミしているところもあり、この辺は、改善してほしいなと思いました。


アレキサンドリアへ


2日目。 この旅の楽しみの1つである、地中海沿岸のアレキサンドリアに向かう。 3時間、約240km。道路の整備や道路沿いの開発が進められている。 
 アレキサンドリアではまず、ローマ時代に造られた図書館跡の、ポンペイの柱を見に行きました。
次に、古代世界の7不思議の1つ、ファロス灯台の跡地に建てられたカイトベイ要塞を見物しました。
その後、私達は、眼の前の青い海が美しいレストランで食事をしました。 この海は地中海で、昔、地震でクレオパトラの宮殿等が、眼の前の海にずり落ち、長い間、海底の泥の下にうずもれていた宝物が、トレジャー・ハンターの執念によって、続々と発掘されています。 
古代アレキサンドリアの図書館は、世界一といわれていましたが、時代が変わっても、今も立派な図書館が生き残っています。 
クレオパトラや、プトレマイオス王朝の遺品を集めたアレキサンドリアの国立博物館を訪問した後、とんぼ返りでカイロへ戻った。
バスで3時間かけてカイロまで帰り、飛行機でルクソールへ移動。飛行機はブラジル製の新鋭中型機 EMBRAER 170 。 長い2日目が終わった。


ルクソールの朝

3日目の朝。 ルクソールの朝。 シェラトンホテルで連泊するため、恒例の早朝の荷物出し作業がないので、多少時間に余裕があり、散歩を楽しむ。
 ルクソールは昔はテーベと呼ばれ、首都がおかれていた。 ルクソールのナイル川西岸には、王家の谷があり、早速、見物に出かけけた。 王家の谷には62の王墓があるが、62番目に発見されたツタンカーメンの墓以外は、すべて盗掘されたそうだ。 ツタンカーメン墓に入ると、きれいな壁画の奥にミイラが安置されていた。

 ついでBC1500年に即位したエジプト初の女王、ハトシェプストの葬祭殿を見物。 
かつて、ここハトシェプストの葬祭殿でテロがあり、日本人旅行者も亡くなったことが思い出された。
ちょうど、この日は、ムスリムの犠牲祭で学校はお休み。 学校の社会科見学授業なのか、大勢の子供たちが、見学に来ていた。 子供達はいつも元気いっぱいで、賑やかに歩いてきた。 写真を撮っても良いか尋ねると、にこにこして応じてくれた。


 食事はほぼワンパターン。 もともと期待もしていないのでOK!酒はレストランでしか飲めないし、これで6$(30Eポンド)もする。ソフトドリンクは4$くらい。ハイビスカスジュースはやや濃厚で、おいしいという人もいる。


ルクソールの午後


3日目午後、世界遺産ルクソール東岸観光。
 まずは、カルナック神殿を訪問。 スフィンクス参道を進む。ラムセス2世の像を過ぎ、アムン大神殿の巨大列柱の中を進む。 ラムセス2世は、3280年ほど前に活躍した大王。 巨大な神殿の道は、トトメス1世のオベリスク、ハトシェプスト女王のオベリスクに到達する。 地震で壊れた巨大なオベリスクの頂部が置かれている。 夜には、このエリアで音と光のショーを楽しんだ。

 次いで、ルクソール神殿に移動。 ツタンカーメンに似た像があったが、説明を読んでみるとラムセス2世の像だった。 ラムセス2世はエジプトの長い歴史の中でも、特に力のあった王だったようだ。


ルクソールからアスワンへ

4日目の朝。 シェラトン ルクソールに連泊をして、早朝、ナイル川の向うに、王家の谷の丘を見ると、その昔、エジプトの王たちが墓所と定めた意味が少しは感じられた。

 ルクソールから南下し、アスワンに向かう。 ナイルの河岸には農地が広がる。 エジプトの田舎では、今でもロバが活躍している。
 エドフの町にあるホルス神殿を訪れ、はやぶさの頭部をもつ天空の神である、ホルス神像を見る。 
次にコム・オンボ神殿を訪れる。 この神殿はプトレマイオス朝に建てられ、ローマ帝国時代に完成した。 クレオパトラもこの神殿を訪れたそうで、すぐそばをナイルが流れている。 神殿にはナイル川の水位を測り、収穫を予想するナイルメータと呼ばれる井戸がある。


 アスワンに到着。 それにしても暑く、夏場は60℃になるそうだ。
ナイル川の中にある島にイシス神殿を訪れる。 この神殿は、アスワン・ハイ・ダム建設によって水没することになり、この島に移設されたそうで、神殿内のレリーフ(彫像)はライトアップされていたせいか、大変美しかった。
 この辺りのナイルは青く、フルーカと呼ばれるヨットが涼しげに走っている。 岸にはアガサ・クリスティが宿泊して「ナイルに死す」を書いたと言われるホテルが建っている。


 この日の宿泊は川の中州にある、イシス・アイランド。 旅行案内には、5つ星ホテルと書かれているが、昔は良かったかなという程度であった。 今度の旅では、和童師は遺跡見物に徹して、尺八は吹かないと堅く心に決めていたが、ヌビア人の楽士が音楽を演奏しているのについ誘われて、太鼓をたたいてしまった。 明日は、超早朝出発なので、ほどほどのところで切り上げる。


コンボイを組んでアブ・シンベルへ

 5日目は、01:30起き、02:45出発という強行日程。 自動小銃を抱えたポリスが各ツアーバスに乗り込み、約3時間、バスはコンボイを組んで砂漠の道を走る。 途中でイタリア人の旅行者が乗ったバスがエンジン故障を起こして、我々のバスに緊急乗車をしてきたりしながら、早朝、アブ・シンベルに到着した。

 アブ・シンベル大神殿は、ラムセス2世が約3300年前に建設したもの。4体の像はいずれもラムセス2世の像で、ダム建設による水没を逃れるため、約60m上に移設された。
すぐ傍には、アブ・シンベル小神殿がある。 こちらはラムセス2世と王妃ネフェルトアリの立像があり、足元には子供達の像が刻まれている。
 エジプトに来るまでは浅学につき、ラムセス2世のことを余り知らなかったが、ラムセス2世は24歳で即位して、66年間エジプトを統治し、90歳で没し、111人の息子と69人の娘を残したとされている。
また、ヒッタイトやヌビアとの戦争に勝ち、エジプトが最も輝いた時代のファラオ(大王)であることが分かった。


アスワン・ハイダムとスークにて

アスワン・ハイ・ダムは1960年〜70年、ナセル大統領によって、ソ連の援助を受けて建設された。
洪水防止、発電、灌漑等のいろいろな面で効果をあげている。175MWの発電機12基で、2.1GWで発電量世界一らしい。


アスワンの町のスークで。焼き立てのパンを買うために並んでいる。
エジプト人の家族。皆、明るい表情で、幸せ感が伝わってきた。


アスワンからカイロまで「ナイルエキスプレス寝台特急車」で移動。
エジプト人の憧れの的という触れ込みだったが、それなりのものだった。

カイロ

6日目の朝。 縦揺れ、横揺れにも拘わらず、ぐっすり眠れた。カイロ(ギザ駅)に定時到着。 こんなことは滅多にないそうだ。

まず、ダハシュールに向かう。 屈折ピラミッド。 下部が急角度になっているのは、建設中にスネフェル王の死が近づき、工事を急いだからと言われている。赤い石で造られたスネフェル王の赤のピラミッド。BC2600年頃に建設された。 結構、急角度だが、十分登れる。
次いで、メンフィスへ。メンフィス博物館には、体長15mのラムセス2世像が保存されている。
次いで、サッカーラへ。階段ピラミッドは、約4670年前に建設された最古のピラミッド。ジョセル王の重臣イムホテプらによって建設された。



ギザの3大ピラミッド。左から、クフ王、カフラー王、メンカフラー王のピラミッド。
BC2550年頃に建設された。
ラクダに乗ると降りる時に値段交渉されるので、要注意と言われているが、しっかりした現地ガイドに頼めば安心。



カフラー王のスフィンクス。アラブ人に鼻を削られ、イギリス人に付け髭を取られてしまった。
ツアー客にポーズ指導をする子供の写真屋。



7日目。カイロ市街を見渡すシタデル地区に建つモハメッド・アリ・モスク。エジプト人の90%がイスラム教スンナ派。
モハメッド・アリ・モスクの内部。内装も豪華で、差し込む光も美しい。



エジプト考古学博物館。 ツタンカーメンの副葬品や、歴代王のミイラ等、エジプトの財宝が収められている。 
博物館の前のパピルスと蓮は古代王国の象徴。
唯一、王墓が盗掘に会わなかったツタンカーメンの副葬品は素晴らしかった。 エジプトに来て本当によかった。



8日間、超お疲れの旅だったけど、良かった!! メヤメヤ!!



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