主要点

安倍首相がソチ・オリンピック開会式を見合わせから出席へと方針変更したのは、大いなる意味があり、その英断を高く評価したい。

■ 欧米諸国首脳、開会式典欠席−プーチン政権の面目丸つぶれ?
 欧米諸国首脳は、表向き「同性愛宣伝禁止法の施行」によるロシアの人権政策に対する抗議を主たる理由として開会式典を欠席。プーチン政権は面目丸つぶれの状況。

■ 孤立感を深めるプーチンにとって、日本の首相の出席は大きな意味
 孤立感を深めるプーチン・ロシアにあって、米国と同盟国日本の首相の出席は、同大統領にとって理屈抜きでありがたい行動であることは間違いない。

■ 開会式出席は、日本非難の欧米社会に対し、日本の矜持を示す好機
 開会式典への出席は、対日非難を行う欧米諸国首脳に対し、日本の国家としての矜持(プライド)を見せつけることができるという点で、日本にとっても大きな意味がある。

■ 日本非難に抑制的なプーチン
 プーチン・ロシアは、安倍首相の靖国問題でも欧米諸国首脳よりもはるかに対日批判は抑制的である。

■ 北方領土のすぐさまの返還を期待すると期待外れに
 開会式への出席で、日ロ首脳関係は強まるだろうが、それで北方領土がすぐさま返還されると考えると期待外れ。プーチン大統領は強硬な戦後の秩序維持論者で、戦争の結果得たと考えている北方領土を返そうとはしないだろう。

■ プ−チン大統領の考える北方領土解決策−56年共同宣言適用
 ではプーチンの考える北方領土解決策とは何か?ほぼ間違いなく56年共同宣言(2島返還)に依拠して解決するというものであろう。

■ 我が国は北方領土問題で2島或いは4島返還を求めるのかで重大な岐路
 それゆえ、今日、我が国は2島返還か4島返還を求めるかで、重大な岐路にたっている。

■ 4島引き渡しを追求すべき
 しかし我が国は4島引き渡しを追求すべき。それは、@北方領土は第二次世界大戦で占領されたものではなく、戦後のソ連侵略によって占領されたもので、北方領土返還は、戦後の秩序維持の枠外にある、A返還に強固な意思を示すことは、尖閣諸島や竹島問題に我が国の強い意思と姿勢を示す例となるからである。

 
  安倍晋三首相は、ロシアのソチで行われる冬季オリンピックの開幕式(2月7日)に出席する模様であるが、大いに歓迎し評価したい。

 これまで、首相は公務の多忙と、ソチ・オリンピックの開会式の2月7日が「北方領土の日」であったことから、同式典への出席は難しく、2月22日頃にロシアを訪問し、プーチン大統領と会談を行い、国会の日程が許せば2月23日(日本時間24日)の閉会式に出席する方針を固めたと見られていた。

 当初の方針から開幕式に出席するとの方針変更は、北方領土問題の話し合いが土俵に乗ろうとしているこの時期において、極めて望ましい方針変更である。

■ 欧米諸国首脳、開会式典欠席−プーチン政権の面目丸つぶれ?
 同式典への参加は、昨年10月のAPECインドネシア・サミットで日ロ首脳会談時、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンから招待されていた。しかるに、今日、このオリンピックの開会式典を巡っては、同様に招待されている米国をはじめ多くの西側諸国の首脳が参加しないという意向を表明している。この結果、プーチン政権は面目丸つぶれという状況下に陥っている。

 欧米諸国首脳の不参加の理由は、表向き「同性愛宣伝禁止法の施行」によるロシアの人権政策に対する抗議が主たる理由であるが、欧州ミサイル防衛問題、スノーデン問題、シリア問題、イラン核問題、ウクライナの経済圏入りを巡るロシアとEUの綱引き等の不満がその背景にある。

■ 孤立感を深めるプーチンにとって、日本の首相の出席は大きな意味
 欧米諸国首脳のオリンピック開会式欠席と言う事態に直面し、孤立感を深めるプーチン・ロシアにあって、米国と同盟国でもある日本の首相が出席するというのは、プーチン大統領にとって理屈抜きでありがたい行動であり、ロシア国民にも面目が立つ動きになることは間違いない。

 この意味において、日本の安倍首相が開会式見合わせから出席へと方針を変更したのは、日ロ関係、特に領土交渉と平和条約交渉が再開された今、大いなる意味がある。もし欠席という行動を取れば、今後のこうした日ロ交渉にもなんらかの悪影響を及ぼすだろうということは容易に想像がつく。

■ 開会式出席は、日本非難の欧米社会に対し、日本の矜持を示す好機

 また、日本自身、欧米諸国首脳に対する日本の国家としての矜持(プライド)を見せつけることができるという点でも大きな意味がある。今日、欧米諸国首脳は、日本の首相の靖国神社参拝問題、韓国の慰安婦問題等で明らかに中国と韓国が日本に難癖をつけていることが分かっていながら(実際、以前、欧米諸国はこうした問題で日本を非難することはなかった)、しかも中国は新疆ウイグル、チベットなどでの弾圧で、大きな人権問題を起こしているにもかかわらず、中国市場に目が眩み、人権問題が皆無に近い日本を戦後秩序の維持と言う中国・韓国の論理で非難する側に回っている 。
こうした状況下で日本は、欧米諸国の首脳に足並みをそろえてロシア非難の立場(式典欠席)に立つ道義は全くない。日本は日本の矜持と意地を国際社会に明示すべきで、彼らが出席を見合わせる中で、ソチ・オリンピック開会式に堂々と出席し、それを国際社会、特に欧米諸国に見せつける意気が必要だ。

■ 日本非難に抑制的なプーチン
 翻って、現在のプーチン・ロシアは、首相の靖国問題でも日本に対する批判は欧米諸国首脳よりもはるかに抑制的である。確かにロシア外務省報道官も安倍首相の靖国訪問で「遺憾の意」を表明したが、中国や韓国とは異なり理性的な文言での反応ぶりであり、しかもその反応は日本の同盟国である米国の批判的な反応よりも遅かったのである 。
しかもプーチン大統領は17日、ソチで中国国営中央テレビからインタヴューを受けたが、彼は「大戦の結果は揺るぎないもので、国際的な法的文書で承認された。われわれは今後も一貫して各種合意を履行する路線をとる」と述べたものの、「その際、各国との善隣関係を発展させるべく努力し、国際的な安全保障強化に向けて協力する」と言及するにとどめ、欧米諸国政府と異なり、直接の対日批判は避けたのであった。

 プーチン大統領はといえば、これまでも日本に対しては常に一定の配慮を示してきた。ドミトリー・メドヴェージェフ大統領時代、メドヴェージェフ自身はもとより、当時の閣僚も競って北方領土を訪問し、日本人の神経を逆なでしたが、そうした中にあってもプーチン首相(当時)のみは遂に北方領土を訪問しなかったのである。
冬季オリンピックで世界的に孤立感を深めるプーチン大統領に、日本の首相が開会式に出席し、いわば窮地のプーチン大統領に手を差し伸べる心理的な影響は計り知れないものがあろう。その意味で安倍首相のソチ・オリンピック開会式を欠席から出席へと方針を変えたことは、大いに歓迎すべきであり高く評価すべきである。

■ 北方領土のすぐさまの返還を期待すると期待外れに
ただし、冬季オリンピック開会式出席で日ロ首脳関係が強まることは間違いないとしても、それによって北方領土がすぐさま日本に返還されると考えると、それは期待外れになるだろう。プーチン大統領はあくまで強硬な戦争の結果や戦後の秩序維持論者である。したがって、戦争の結果得たと考えている北方領土を日本に引き渡そうとは決してしないだろう。

■ プ−チン大統領の考える北方領土解決策−56年共同宣言適用
それでは北方領土の交渉はあり得ないのかと言うとそうではない。同大統領にとって56年共同宣言が重要な意味を持っているのである。同宣言は旧ソ連が公式に歯舞・色丹の2島を日本に引き渡すことを明言(公約)したものである。したがって、プーチン大統領は、2島引き渡しであれば、その公約を守るという大義名分から行うので、戦争の結果を守るという立場とは異ならないと考えているとみてよい。

また、ロシアは今年初め、領土保全を損なう言動を広めた人物に対し、最高で禁錮5年を科す刑法改正を成立させた。改正案は共産党が提出したもので、同党によると、「分離主義や、領土の一部を外国に引き渡すような呼び掛けを抑止する」のが目的である。違反者は罰金30万ルーブル(約90万円)または禁錮3年を科される可能性があり、インターネットやマスコミで発信した場合には、禁錮5年まで延長される模様である。当然、北方領土返還要求(者)などはこの刑法に抵触する懸念があり、プーチン大統領といえどもこの刑法に従わざるを得ない。しかし、前に述べたように59年共同宣言の履行ということであれば、国家間の約束に基づく行為であるから、やはり2島引き渡しに関する言動はこの刑法の適用枠外にあるとみなしているとみられる。

したがって、こうした点から見えてくるプーチン大統領の考える北方領土交渉解決策は、領土のフィフティー・フィフティーによる解決策でもなければ、ましてや4島一括返還というものでもなく、56年共同宣言に基づく(2島返還での)決着というものであろう。

■ 我が国は北方領土問題で2島或いは4島返還を求めるのかで重大な岐路
したがって、今日、我が国は、北方領土問題ではこれまでになく、2島引き渡しで決着させるのか、あるいはあくまで4島引き渡しを追求するのかで、重大な岐路に立っているといってよい。

■ 4島引き渡しを追求すべき
筆者はあくまで4島引き渡しを追求すべきだと考えている。そもそも領土問題はそう簡単に解決できるものではない。領土交渉はチキン戦争であり、目先の利益を追求したり、今を逃せば領土の返還は今後あり得ないといたずらに前途を悲観する、いわば意志の弱い者が敗北する。領土交渉には、長期にわたって粘り強く交渉するという強固な意思が必要なのである。

将来ロシアを巡る国際環境の変化が起こり得ることも十分あり得る、そして、ロシアにとって北方領土を引き渡しても日本との関係を強化する方が得策だと考える時期も到来する可能性はあり、それを現時点で否定すべきではない。また、北方領土が大自然災害を受け、ロシアにとって手に余るという事態の惹起もあり得よう。

しかも実は北方領土は第二次世界大戦で占領されたものではなく、戦後のソ連の侵略によって占領されたものである。それゆえ、北方領土のソ連/ロシア化は戦後の秩序維持の枠外にある。ロシアをはじめ戦勝国が主張する戦後の秩序維持に、北方領土の返還は反しない。我が国政府はこの点を、北方領土は日本古来の国土であるという主張と同時に訴えていくことが必要且つ重要なことである。

弱小国アルゼンチンはいまなお大国イギリスにフォークランド島の返還を求め続けている。このアルゼンチン精神を我が国も見習いたいものである。

この強固な意思を示すことは、尖閣諸島や竹島問題でも我が国が領土問題では一歩も引かないという強い意思と姿勢を中国・韓国に示す例となることを今一度想起すべきであろう。



                  三井光夫 小論集(目次)へリンク

 会員コーナーへ
トップページへ
 

「ロシアに関する一論考」   2014.01

安倍首相のソチ冬季オリンピック開会式出席を高く評価!
―我が国:北方領土解決策で重大な岐路―

三井光夫
8区隊 通信科