「カラコルム・ハイウェイ」を往く
2012.8.3〜8.13


◎ 「旅の始まる前に」

パキスタンに行くと言うと「危ないんじゃない?」とか「何しに行くの?」という質問をよく受けた。
確かに、「危ないな!」とは思っていたが、それにも増して、私は行きたかった。

その理由の1つは、私のシルクロード紀行を完成させたかったこと。「カラコルム・ハイウェイ」は、中国の僧法顕が西暦340年頃、インドのガンダーラ地方にある仏教の中心地に、戒律を求めて命がけで辿った難所中の難所であり、私のシルクロード旅行の空白部分でもあったからだ。 
もう1つの理由は、「桃源郷フンザ」が今も健在かどうか確かめたいとの思いだった。

この旅を計画してから、3年が経った。

2010年1月には、上部フンザで発生した地滑りにより堰き止め湖が誕生し、いつ、水が引くのかと待っていたが、6月には雪解け水の流入が増え、全長21km、深さ100mを越す湖となってしまい、申し込んでいた秘境旅行の専門社「西遊旅行」から、キャンセルを通知された。
2011年には、リベンジをしようと思っていたが、5月にアボッタバードで、ウサマ・ビン・ラディンがアメリカ軍によって殺害され、旅行中止を余儀なくされた。
そして今年の春には、ギルギットで、日本人旅行者の足止め事案もあり、外務省の危険情報では「渡航の是非を検討してください」などと書かれており、一抹の不安もあった。

しかし、クンジュラブ峠(4733m)を超える旅を延期できない年齢になってきていることもあり、もう、「行くっきゃない!」との思いで、行ってみることにした。

    
◎ 「旅の始めに」  
    ◎ 第2日   ガンダーラの仏教遺跡を訪ねて
    ◎ 第3・4日 母なる川インダスを遡る
    ◎ 第5・6日 フンザはやっぱり桃源郷だった
    ◎ 第7・8日 クンジュラブ峠をめざして
    ◎ 第9・10・11日目 タシュクルガン・カシュガルそして東京へ
    ◎ 「旅の終わりに」


          

          

          


   中埜和男[世界の旅]に