6日目 世界遺産フェズの旧市街メディナ  

 世界遺産フェズの旧市街メディナを散策する。
世界一の迷路の町、フェズのメディナは、細い道が続く。 通りに面した窓は小さいが、各建物にはパティオがあり、パティオ側には、大きな窓が開けている。
旧市街の店を見て回る。 豚肉は扱わないが、果物、エスカルゴ、らくだの肉、色々な食材が豊富だ。
職人さんも、兎に角多い。 結婚衣装屋、染物屋、革製品屋、焼き物屋、銀細工屋・・・
フランスのブランドものの革製品も、モロッコ製が多いそうだ。
メディナには古いモスクもありました。
カラウィン・モスクは9世紀に建てられ、現在も大学として多くの学者や学生が活動している。
アッタリーン・マドラサ(神学校)は14世紀に建てられた神学校。 アトラス杉で作られた壁が美しい。

世界遺産フェズの旧市街メディナを散策  世界一の迷路の町、フェズのメディナは細い道が続く  
 ヤマモモを売っている やや、小さい目のエスカルゴ 
 手前は何の足でしょうか?  らくだの頭も売っています。
 
 結婚式衣装屋さんなどが並んでいました 染物屋さん。 とにかく、職人さんが多い
 皮なめしの職人さん 若者に人気のバブーシュ(皮製のスリッパみたいなもの) 
 薄いタイルを割ってモザイクを作る   ここは銀細工のお店
9世紀に建てられたカラウィン・モスク  アトラス杉の壁が美しい アッタリーン・マドラサ

モロッコの食事とお酒

 モロッコ名物のタジン料理。 親子丼のような煮込み料理や、紋甲いかの煮込みタジン料理がおいしかったです。 
水産・漁業はモロッコの重要な産業で、いかやたこなどの海産物が日本へ輸出されている。
お酒については、イスラム教の国なので、おおっぴらには酒は飲まないけれど、地ビール「カサブランカ」もあります。
また、アトラス山脈の北側、地中海に面した地域は、豊かな農業地帯で、小麦、ぶどう、オリーブ、野菜などの畑が広がり、「メクネス・ワイン」は絶品です。 このようなお酒についても極端に厳しくない社会がモロッコに安定をもたらしているのかなと考えられます。 

親子丼のような煮込みタジン料理 紋甲いかの煮込みタジン料理 
 
 地ビール 「カサブランカ」 絶品  「メクネス・ワイン」

7日目 犠牲祭の朝
 
今日は、犠牲祭の初日。 まず、フェズの王宮を訪問。 
ここはかつてのスルタンの居城で、今もモロッコ国王がフェズに滞在するときに使用されるとのこと。
白い服を着た大勢のイスラム教信者たちが、青空の下でのお祈りから帰ってきたところに出会った。
更に歩いて行くと、本当に幸運なことに、メディナの入り口にあるブー・ジュルード門を馬に乗って通る犠牲祭のセレモニーの一行に出会った。
メディナ内のハミドさんのお宅を訪問し、ミントティーをご馳走していただく。
ハミド家の2階で待機する羊は、1時間後には生贄になる。
犠牲祭の由来は、イブラヒムが信仰心の証として、息子を生贄としてアラーに差し出そうとしたとき、羊が出てきて代わりに生贄になったことによるらしい。
犠牲祭最初のこの日は、町中で羊が生贄になる。 
最高のお供え物として、稲作民族の日本人がお正月に鏡餅をお供えするように、遊牧民族のイスラム教徒は羊を神にお供えするということなのだろう。


   
フェズの王宮。 かつてのスルタンの居城  犠牲祭の礼拝から帰るイスラム教の信者たち 
 ブー・ジュルード門を通る犠牲祭のセレモニー  ハミドさんのお宅を訪問し、ミントティーをいただく
 
1時間後の儀式を待つ羊 犠牲祭最初の日には、町中で羊が生贄になる 

世界遺産 ヴォルビリス遺跡
 
フェズから100kmほどの所にある、世界遺産ヴォルビリス遺跡を訪問。
紀元前1世紀に築かれ、ローマ属州の州都となった遺跡で、1755年のリスボン大地震で被害を受け、その後修復された。
おなじみのローマ時代の遺跡が続く。
イルカなどの、物や魚、ローマ神話の神々、サーカスなど様々な彫刻が鮮やかに残されている。勿論、ローマ風呂も水洗トイレもありました。
オリーブを絞るための道具もあり、ここは気候・風土が農業に適しており、豊かだったようだ。
リュウゼツラン。 リュウゼツランから繊維を取り出して、織物に使用する。
サボテンの実。 野生かな?と思っていたが、沢山生えていたので聞いてみると、実がおいしく、栽培されているとのことでした。

世界遺産 ヴォルビリス遺跡  おなじみのローマ時代の遺跡が続く 
 
イルカなどの様々な彫刻が、鮮やかに残されている  オリーブを絞るための道具 
 
 リュウゼツラン。 繊維を織物に使用する サボテンの実。  実がおいしく、栽培されている

メクネス
 
メクネスワインで有名なメクネスに到着。
まっすぐな道は「風の道」と呼ばれる。 左は17世紀にムーレイ・イスマイルが築いた王宮。
ハイビスカスが美しい。

このまっすぐな道は「風の道」と呼ばれる。 左は王宮  モロッコとフランスを渡りながら暮らすコウノトリ
 
 ハイビスカス 名前は分からない花だが、王宮に良く似合う 

首都ラバトに到着
 
更に走って、首都ラバトに到着。
ラバトは1912年からフェズに代わって首都になり、道路網の整備や、企業やカジノの誘致が決まっている。
ムハンマド5世の霊廟。
ムハンマド5世は、現国王ムハンマド6世の祖父で、フランスからの独立運動の中で王位に復帰した。
王位復帰後、軍隊の反乱などがあったが、これらを治めて権威の確立に成功した。
また、ダムの建設などを行い、国民生活の向上につとめた。
ハッサンの塔。
1195年、ヤークブ・マンスールが建設に着手したが、4年後、死亡したことにより、未完となった。(44m)

首都 ラバトは道路網の整備や、企業やカジノを誘致中  ムハンマド5世の霊廟を警護する衛兵
   
 茶色の塔がハッサンの塔  ムハンマド5世の霊廟 
   
 中央の白い棺にムハンマド5世が眠る 美しい霊廟の天井 

カサブランカに向かう
 首都ラバトからモロッコ第一の経済都市カサブランカに向かう。 この辺り、今は土の色が目立つが、3月・4月頃は小麦や野菜・果物など緑色が溢れて、美しいらしい。
カサブランカに到着。 
フランスが港湾を整備した頃から発展したらしく、見た感じは日本の大都市に似ている。 人口は約400万人。
現国王の父の名を冠した、ハッサン2世モスクは、1993年に完成した。 
モスク内で2万5千人が礼拝できる。 世界で5番目の大きさで、ミナレットの高さは200m。
カサブランカでは、羽根を伸ばすまでもなく、カサブランカ・ダンディになることもなく、勿体ない話ではあるが、帰路2日間のため体調の調整に専心する。 

モロッコの風
 つむじ風のように、モロッコ1周の旅を終えて、日本に向かった。 帰路もまた、カタール航空にお世話になって2日間。 無事に日本に到着。 移動4日、観光5日の旅であった。 ヤレヤレ! 
「モロッコの風」について、いろいろな感慨を持った。
つむじ風のような6泊9日の旅程。 幸い遭遇することのなかったサハラの砂嵐。 モロッコ国を挙げての新しい国家を作る風。 
いい風を感じたモロッコ旅行でした。

この辺り、3月・4月頃は緑に溢れているらしい  カサブランカは大西洋に面している 
 
 カサブランカで宿泊したゴールデン・チューリップ・ホテル カサブランカの花 
 
 現国王の父の名を冠した、ハッサン2世モスク  風のようなモロッコの旅でした。

     「モロッコの風」前編へ

 
中埜和男「世界の旅」へ
不惑会トップページへ
 

 モロッコの風 (後編)

モロッコの風(前編)へ