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5 島嶼防衛・・・決め手は兵站準備と高速輸送 (1) 距離に比例する兵站規模 フォークランド紛争における作戦では、エクゾセ・ミサイルによる駆逐艦の撃沈や、英海兵隊のサン・カルロス上陸作戦が注目を集めたが、もう一つの戦いは遠距離・離島作戦における兵站の戦いにあった。 アルゼンチン軍の上陸は4月2日だが、英国政府は機動部隊の南大西洋派遣を3月29日に内定し、艦隊支援の補助タンカー1隻を31日に出港させた。4月1日にはジブラルタルにいた駆逐艦3隻、護衛艦1隻に、機動艦隊への参加を命じている。4月3日、英政府は臨時閣議を開いて機動艦隊の派遣を決定した。 対処方針は、 @フォークランド周辺の海域を封鎖して補給の断絶を図り、 A若干のアルゼンチン軍の艦艇を撃沈して英国が本気であることを認識させ、 Bフォークランド島に逆上陸して奪回する3段階の作戦と、 それと並行して外交的圧力を加えつつ、そのどの段階かでアルゼンチンの歩み寄りを期待する構想で、和戦両様の構えをとっている。 4月5日、機動艦隊の半数に近い艦船がポーツマス軍港を出港した。陣容は、軽航空母艦2隻(インヴィンシブル・ハーミーズ)、大型駆逐艦2隻、護衛艦6隻、原潜2隻、揚陸襲撃艦1隻、戦車揚陸艦4隻、以上戦闘艦艇14隻。そのほか、艦隊給油船4隻、艦隊補給船3隻、以上支援船7隻から成っていた。注目すべきは7隻の支援船で、これは王国艦隊補助部隊(RFA)と呼ばれ、平時は商船籍・非軍人の乗り組みだが、一旦有事となると内装を応急輸送船に転換し、乗組員は海軍任務に従う。またこの7隻は満載状態で2〜3万トンになり、支援船隊の方が規模は大きかった。海軍保有の支援船隊群だけでは13,000kmも離れた作戦にはとても足りない。 もちろん、航海中に何回か燃料等の海上補給を受けるが、RFAの補給艦やタンカーはその能力と設備を持っていた。また、作戦が1日遅れれば敵側の防備が強化されるだけでなく、英国側としては余分の燃料を必要とする。それにはタンカーを増やさねばならず、艦隊の規模も膨らむし、対空援護もかかせない。 予想戦場から1,000海里くらいのところに補給基地が欲しいわけだが、英海軍が南大西洋に持つ港湾はフォ諸島との中間点にあるアセンション島しかなかった。フォ島周辺の海上や、奪回のための陸上戦闘を予想すれば、膨大な燃料・弾薬・ミサイル・爆弾・食糧・衣類・消耗品を投入・補給する必要があり、その実行のために整備員や航空機も運んでいかなければならない。艦隊の派遣決定から3日で出港にこぎつけたのは、不測事態に備えて商船改造を含む「出師準備計画」を、平時から準備していたことによる。 (2) 兵站拠点と高速輸送手段 4月7日夜、英国防相は「12日以降フォ諸島周辺200海里圏内にあるアルゼンチン艦船を攻撃するため、少なくとも4隻の攻撃型原潜を同海域に派遣する」と宣言した。これは、上陸したアルゼンチン軍の陣地強化や兵站支援を不可能にするためである。有力な対潜護衛部隊を伴わなければフォ島海域までの航海は安全ではないし、そこに近づけば空軍の戦闘機の援護がない限り、海軍水上艦隊は手も足も出なくなる。つまりフォ島周辺海域の制海権は英海軍の手にあり、兵站を欠く上陸部隊は枯渇する運命にあったといえよう。 米国に強い調子で協力を要請した英国の狙いは、兵站支援と情報提供にあった。フォ諸島との中間に位置するアセンション島は、地理的にも内容的にも格好の兵站基地としてふさわしく、遠距離作戦の遂行にとって欠かせないものだった。もともと同島の主権は英国が持っていたが、基地の使用権は米国が握っていた。日本の南西諸島防衛を予想するなら、沖縄本島の嘉手納飛行場、那覇軍港施設といったところである。米国政府の中立放棄と、対英支援の決定により、米軍は空対空、空対地ミサイルを含む武器を英軍に提供し、英国のヴィクター空輸機をNATOの任務から解除するため、代替えの支援機を提供している。更に、フォ諸島海域での戦闘や、サン・カルロス上陸後の戦闘における英軍の継戦能力を高めるため、燃料と弾薬も供与している。英・米軍の兵站面の協力は円滑に行われ、それなくして英軍の勝利はなかったとさえいわれている。南ジョージァ島はフォークランド島の東南1,000kmにあり、アルゼンチン空軍の作戦可能半径の外という好条件を備えていた。この島を4月25日に先取したことから、英軍は物資の集積を一段とはかどらせることができた。さらに後方兵站基地として、風波を避ける泊地を確保できたし、同時に、燃料補給も修理工作も容易になった。 派遣部隊3000〜4000名(歩兵第5旅団)とその支援隊をフォ島に送るために、豪華客船クインエリザベス2世号(QEU)が国防省に徴用された。客用の備品を取り外して軍隊輸送用に改装された6万7千5百トンの客船は、もともと戦時にそうした用途に充てるべく建造されており、ヘリ甲板3か所を設けるほかには大工事を要せず、3,000人以上を運べる構造になっていた。出港は、5月12日である。QEUが徴用を受け、予定されていた13日間の地中海ツアーを取り消したのは5月2日である。だが政府はそれより前に、民間会社の客船1万7千トンを病院船に、4万5千トンのキャンベラを兵員2,000人収容の軍隊輸送船に艤装替えし、陸軍と海兵隊を搭乗させ、既に出港させていた。 (3) 南西諸島に兵站基地を 昨年末(2010年)、民主党政権下でようやく新防衛大綱と中期防衛力整備計画が決まった。一番大きな変化は、中国への対応を明記した点であり、海洋進出を目論む脅威にどう対処するかという観点から「動的防衛力」を打ち出した。この構想に基づき、常時継続的な情報収集と警戒監視を、防衛力の役割の最上位に位置づけたが、それらは10年も前にとっておくべき措置だった。約100名の陸自隊員をそこに配置したからと言って、抑止力や対処力が格段に向上するわけではない。 離島防衛の本質は、戦力集中競争である。離島の緊急事態にあたっては、本土・策源地域からどれだけの戦力(兵員・武器・兵站等)を、いかに早く集中させうるかが勝敗の決め手になる。陸自部隊の南西諸島への配備、空自戦闘機の増強、海自潜水艦の増強だけでは、フォ諸島に奇襲を受けた英国の二の舞となりかねない。紛争後の英国は、フォ諸島防衛のため、住民の倍以上にあたる4000名の軍隊と、一部戦闘機を駐留させた。紛争の代償は大きい。 平和なときにこそ、 @陸・海・空戦力の機動化・即応性の向上、 A長距離作戦を支援する高速輸送能力の整備、 B空港・港湾を備えた中継・兵站基盤の整備、 C在沖縄米軍との具体的連携を図り、兵站基盤を確立しておくこと なお、2月21日の産経新聞は、防衛省が民間フェリーの高速輸送艦転用を検討中との記事を掲載した。 |