読売新聞の「海・空優先、陸自削減論」


 防衛予算の減少傾向がようやく底を打ったが、本格反転とはいかないようだ。この10年間、日本が0・94倍と低迷するなかで、ロシアが5・1倍、中国が3・5倍と大幅に国防費を伸ばした。特に、中国の近代化と活動の活発化は、アジア全体の懸案である。

 そうした情勢で読売新聞が社説で、@陸自定員・予算の削減、Aそれを海・空自へ振り替えること、B海・空自予算・装備の一層の拡大を、数年前から唱え続けている。

 最近では9月2日、防衛省改革の表題で、「陸海空の装備予算の比率は、長年ほぼ固定化しており、縦割りの弊害が指摘されている・・・より優先度の高い海・空の装備予算の拡大につなげる方向で、組織改編を進めることが大切だ」と主張した。

 「陸海空の予算配分を見直せ」との社説は、2008年8月18日の「防衛大綱改定」に見られる。「過去20年間の3自衛隊の歳出予算配分は、陸自が41〜45%、海自が27〜29%、空自が26〜31%と変わってない。予算低減が続く中で、冷戦時と同様の配分要領では新しい防衛環境や危機に適応できない」という。だがそのための具体案や論拠は示さず、陸自には「テロ対策やPKО活動を充実させたい」と述べていた。

 また2013年7月28日の社説は、新防衛大綱の中間報告を評し、「冷戦終結後、量から質への防衛費削減の中で、海自の護衛艦や空自の戦闘機が減らされてきたが、もう限界といえる」と述べた。既に、陸自の戦車・火砲も6割近く削減されたが、それには触れてない。離島・ミサイル防衛・サイバー攻撃、大規模災害への対処を掲げておきながらである。

 この「量から質へ」の理論は、2010年8月28日の社説に見られる。防衛大綱報告書の表題で、「装備を量から質へ転換せよ」とし、「近年の防衛費削減に歯止めを掛る必要がある。一方で、財政事情は厳しく、防衛費の大幅な伸びは期待できない」と述べた。子ども手当に象徴されるばらまきの時代であった。

 そして、「重要な分野に人的・物的資源を思い切って再配分せよ」「新防衛大綱では、陸自の定員や戦車、火砲を一層削減すると共に、護衛艦・航空機は量より質に重点を置くこと」と述べ、ヒトより海・空装備の優先を主張した。

 陸自定員の削減論は、2013年6月25日の社説で、離島防衛訓練の統合化を評価しつつ、「南西諸島防衛を担う西方普通科連隊を拡充し、水陸両用車など装備を増強すべきだ。制海・制空権の確保のため海・空も増やし、警戒監視活動を強化する必要がある」「動的防衛力の強化等は大胆に増やす一方で、陸自の定員削減や基地の統廃合、装備調達の効率化などで一部の歳出を減らし、防衛予算にメリハリをつけることが大切だ」と主張した。

 その4カ月前の2013年2月2日の社説は、防衛予算増額の表題を掲げ、「287人の自衛官増員の内訳を、陸94人、海96人、空97人としたのは、悪しき横並びだ。陸自南西方面の増員分は純増でなく、北海道島からの減員で確保できるはずだ。厳しい財政事情を考えれば、陸自の定員削減や装備調達の合理化を一層進める必要がある」と踏み込んでいる。

 この流れは2010年11月21日の社説に始まり、「陸自の定員削減が不可欠だ」と打ち出した。「防衛体制の強化には、陸自より海・空自に予算を重点配分する決断が求められる」とし、15万5千の陸自定員見直しに触れ、「14万1千の実員に近づけるよう求める財務省との開きは大きい」「尖閣危機対応に要する(1万以上の)増員分は、純増でなく、北海道の2個師団・2個旅団体制の縮小で捻出すべきで、陸自の要求は筋が通らない」とした。
また、陸自駐屯地157か所の統廃合に触れ、過疎化が進む地元の反対が強いが、安全保障と過疎対策は区別すべきだ。北澤防衛相の努力を期待するとなっている。

 追い打ちをかけるように、2010年12月19日の社説で、「焦点となった1千名の削減は極めて不十分。自衛隊全般のバランスを考えれば、今回の戦車・大砲の大幅削減に加え、陸自定員を一層削減し、海空の定員や、艦船・航空機の増強に回すべきだ。11年度以降の予算編成での是正を求めたい」と述べていた。

 陸自定員等の推移は、18万から16万→15.5万→15.4万と削減され、戦車は1千200両→900両→600両→400両、火砲についても1千200門が400門/両と削減が続いている。

北岡論文と陸軍縮小の戦略環境
 こうした読売新聞の陸自削減論の根拠は不明だが、読売新聞2010年12月20日の「地球を読む」コラムで北岡伸一氏は、「防衛大綱 日本のNSC実現を」を発表した。

 同氏はそこで、国家安全保障会議(NSC)の実現、武器輸出三原則の緩和、集団的自衛権の見直しとともに、南西重視への転換と陸自の削減を打ち出した。背景には、同年秋、尖閣沖で中国漁船による体当たり事件があった。

 マスコミが騒ぎ、氏も揺れた。「日本の不安は南西にあり、当該正面の防備強化は海自(潜水艦とイージス艦)と空自の増強が必要で、その費用捻出は陸自北海道部隊を削減し、残った部隊も機動力のあるものとし、南西に展開できるよう再編せよ」と主張した。

 そして陸自の定数に触れ、「千人削減して15万4千人(14万7千+予備自7千)となったが、これでは物足りない。英国は新政権になり、約10万の陸軍を今後5年で9千人ほど減らそうとしている。しかもアフガンだけで9千人派遣しており、陸自はハイチの災害に350人派遣しているに過ぎない。

 戦前の山梨軍縮では6万人、宇垣軍縮では4個師団を削減して軍の近代化を図った。それに比べると、(陸自の削減は)はなはだ不十分だと思う」とまで述べている。

 確かに英国は、2012年7月、10万2千の陸軍正規軍定数を、今後8年間で2万人(約2割)削減する方針を発表した。これは、4年前にキャメロン政権が打ち出した「戦略防衛・安全保障見直し」に沿ったもので、国防相と軍が精査して決定されたとされる。

 具体的には、136ある主要部隊のうち、5個歩兵大隊や陸軍機甲軍団など、17個部隊を対象にしている。替りに兵力不足を補うため、予備部隊の一部である国防義勇軍を3万人に倍増し、正規軍と同等の戦力になるよう訓練を強化する計画だ(産経新聞 2012.07.31)。

 これに対し、野党労働党や主要マスコミから、「削減結果はナポレオン以来の最小規模となる」「戦略の再評価によるものでなく、財政策との帳尻合わせ」だと反発が出た。中でも批判が集中したのは予備役の倍増で、「伝統的に強力な戦力となりえない」「どうやって軍務のための長期休暇を確保するのか」と、BBC放送がかみついて注目された。

 一方でガーディアン紙は、「アフガンやイラクでの長期戦闘で、陸軍将兵の士気は低下している」「緊縮財政の下で、国民の雰囲気とマッチしている」としつつ、情勢次第では方針の転換もありうると示唆した。
この英国の動きが北岡コラムの論拠となり、それが読売社説の陸自削減論につながっている。しかし、現場を見ている社会部等の記事に、必ずしもそうした論調はうかがえない。そこに、読売社主や北岡氏の狙いが透けて見えるが、本稿はそれに触れない。

 むしろ、日本と英国との戦略環境の違いに注目し、南西重視→制空権・制海権強化→そのための陸自削減論には同調できないことを強調したい。

 英国は、スエズ戦争で旧ソ連からロンドン核攻撃という恫喝を受けたため、独自の核開発を進めて核抑止力を温存している。また冷戦の終結で、英国にとって欧州における敵対国家群は消滅した。更に、NATO条約は自動介入を義務づけており、米国の意向に左右されない。離島防衛等を防衛するため、民船徴用を含む遠征機動部隊を常時編成している。陸軍の縦深戦力として総数20万の予備役を保有し、第2次大戦では徴兵制と義勇兵制を採り、女性を含む160万の本土防衛隊を編成した歴史・経験がある。

 そうした環境や歴史の違いを踏まえず、海洋国たる英国に倣え、陸自の資源を海・空に付け替えよというのは、乱暴な話であり危険なことである。第2次大戦初期の仏国は、無傷の地中海艦隊が残存したにもかかわらず、ドイツのパリ占領によって降伏に追い込まれた。地中海の制海権を保有していたにもかかわらず、国家が滅んだという事実は何を物語るのだろうか。

現環境における陸自現役勢力の役割
 防衛費の中で、陸自の人件・糧食費の多さが指摘される。しかし米軍でもそれは似たようなもので、志願制を採る限り避けられない。問題は、そうした将兵に十分な訓練が施され(訓練費)、事あるときに高い戦闘力man&machineシステムが発揮され、任務が完遂されるかどうかである。

 陸自・陸軍の兵士は、原則として自ら移動し、目標を発見し、火器を選び、照準し、タイミン グよく発射し、成果を確認する複合的役割を、一人一人が担っている。だからこそ、定員で示される常備陸軍をStanding Armyと呼び、テロ・ゲリラ・離島防衛等の低強度紛争や奇襲・突発事態に対応しうる高い練度と即応性が求められる。

 ではその規模はと問えば、国民が立ち上がるか、同盟軍が来援するまで持ちこたえる規模が必要で、そこに国防と財政のバランス、政治が抱えるリスクが生ずる。

 しかし、突発事態においても国家の独立と国民の安全を守り抜くため、最小限のStanding Armyの規模というものはあるはずだ。予想される事態ごとに、それを考えてみよう。

領域警備。周辺に領土問題を抱え、民兵等による不法上陸への「防衛出動」前・グレイゾーン・レベルの侵害にとって、Standing Armyたる陸自隊員の果たす役割は極めて大きい。日本には大小合わせて6千800余の島嶼があり、それらへの不法上陸を抑止し、上陸には断固として対処し、占領されれば奪回する部隊と能力の重要性が増している。

 また東日本大震災で見せたように、中国とロシアは連携して南と北で国防態勢のすきをうかがっている。歴史的に我が国への脅威は、北と西から押し寄せた。オホーツク海がロシア核戦略の要域であり、北極海航路に注目が集まる情勢では、北の正面から目を離せない。南方と北方の重点バランスは、これからも求められよう。

災害派遣。被災直後に現地で人命救助にあたれるのは陸自である。東日本大震災では、「もう少し人員がいれば、もっと多くの人が救えた」とは、現場指揮官の嘆きだった。

 現状は、陸自隊員1人で国民約900人を守る計算になる。兵士1人当たりの数を比較すると、仏国は約470人、ドイツは約510人、イタリアは約550人、英国は約640人である。災害列島日本の隊員数が、西欧諸国の半分程度でいいのだろうか(志方俊之)。
 10万7千人(陸自約7万)を派遣した東日本大震災から、その数が一人歩きしており、対応にあたる政府はその規模を国防対応を理由に引き下げることは難しいだろう。災害対応と国防警戒のバランスはこれからも求められる。

ゲリラ対処。26名の北朝鮮工作員が潜水艦で韓国に送り込まれた際、韓国はその捜索・排除に6万の将兵を2か月間投入した。中国民兵が尖閣に上陸し、同時に原発周辺地域に工作員が投入されれば、現状の15万態勢では二正面対処は難しいのではなかろうか。

ミサイル防衛。北朝鮮が弾道ミサイルを発射した昨年12月、陸自は弾道下の宮古・石垣・与那国、多良間島に災害派遣を実施した。ミサイルが落下した場合、毒性のある液体燃料の検知・除染にあたるためで、島民の安心感につながった。多数ミサイルの同時発射や、不規則弾道への備えとなると、列島に化学・衛生隊員を点在させねばならない。

奪回作戦。フォークランド紛争(1982年)で奇襲占領したアルゼンチン軍1万1千名(陸軍のみ)に対し、奪回にあたった英軍は1か月半の準備と、約5万名の将兵・非戦闘員、2隻の空母、29隻の巡洋艦、50隻余の民間徴用船、40機の戦闘機を派遣した。

 この戦いで英軍の戦死者は250名、アルゼンチンは650名。英国は直接戦費として4千500億円を支出し、事後の駐留経費として2千500億円を追加した。

 これらから大胆に推測するなら、一事態・一正面の緊急対処には6〜7万程度のStanding Forceが必要とされる。しかし、事態の長期化対応と、他正面対処を考慮する必要から、米海兵隊の採るローティション―@戦闘・待機グルーブ、A準備・教育グループ、B休養・メインテナンスグループ―の編制が不可欠である。したがって総数はその3倍、18〜21万となる。

おわりに
 ジョン・F・ケネディは1940年に書いた『英国はなぜ眠ったか』で、「国防予算の大きさは自国の戦争努力でなく、相手国の戦争努力に関連して考えねばならない。英国の大きな間違いの一つは、前年の基準で予算の拡大を測ったことである。それゆえ英国は、かなり大きな拡大だと思って努力の大きさに自信を持っていたが、それはドイツの戦争努力(英国の4倍以上の予算)を無視した根拠のない満足感であった」と警告している。

 第2次大戦前の英国は、大陸への不干渉政策とヒトラーへの宥和策で、政府も国民も軍備強化を怠っていた。そのため英軍は緒戦でドイツに蹴散らされ、孤立無援・存亡の危機に陥った。そこで登場したチャーチルは、85万の徴兵軍(人口の1.4%)と160万の本土防衛隊を創設し、さらに「ゴールキーパーのいないサッカーは成り立たない」と、統合を嫌う海軍の説得にあたり、本土防衛体制の一元化・陸・海軍の統合を確立した。

 ドイツの戦争努力に応じてStanding Armyを増強していれば、240万人もの国民がInstant Armyになることはなかったのではなかろうか・・・。

 また、フォークランド紛争では、奪回作戦に成功したものの、後に政府は「国防努力を怠った無用な戦争」と批判されている。国防予算の削減のあおりを受け、僻地の諸島守備隊Standing Forceが1個中隊↓1個小隊↓1個分隊と減らされていた。忘れられた僻地島嶼に対する防衛の「意図と能力」が疑われたことが、アルゼンチンに侵攻の冒険を許す誘因となったのである。

                                     2013年9月 記 (『偕行』11月号に掲載)

     島嶼防衛における危機管理 ―フォークランド紛争と尖閣問題―  へリンク
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喜田 邦彦
 6 区 隊
 職種:普通科

理解できぬ陸自定員の削減論  
  ー 英国の戦例から何を学ぶか? −