「エチオピア」と聞いて思い浮かべることは?
ローマオリンピックと東京オリンピックのマラソンで連覇をした裸足の英雄「アベベ・ビキラ」、日本の皇室とも親交があったと聞く「ハイレ・セラシエ皇帝」、近いところでは女子マラソンのファツマ・ロバ・・・そんなところでしょうか。
あまり、知識は無いけれど「百聞は一見に如かず」で、エチオピアに出かけてその姿の一端を見てくることにしました。


1日目 旅立ち
成田発19:45のエチオピア航空B787機で7泊(プラス2機中泊)10日の旅に出かけました。
まず、約5時間飛んで香港に到着。
ここで機内待機の後、更に12時間余り飛んで翌朝、首都アジスアベバの空港に無事到着しました。日本との時差は6時間です。
「エチオピア航空という航空会社はできたばかりで、信頼できない?」
ところが「エチオピア航空」は1945年に設立され、エチオピア政府が100%出資している創立70周年の由緒正しい航空会社なんです。

  


2日目 アジスアベバからランガノへ
アジスアベバに到着しましたが、そもそもエチオピアはどこにあり、どんな国で、今度の旅の道程はどんな風になっているのでしょう。
エチオピアの広さは日本の約3倍、人口は約1億人、人類発生の地だそうです。
エチオピアの北部の観光はソロモン王朝時代の遺跡や岩窟教会が有名ですが、南部の観光は独自の文化を持つ83もの少数民族との出会いが目玉のようで、今回の旅では南部地域を廻ろうとしています。

  

エチオピアの東のジブチには「ソマリア沖」海賊退治のため、自衛隊の基地が置かれています。
また、西隣の南スーダンでは平成23年から累計2000人近くの自衛隊員が国際貢献活動をしています。

さて、アジスアベバに午前7時20分到着。
空港でブル(1ブルは約5円)に両替をしました。
部族の人の写真を撮るとモデル料を要求されることが多いそうで、5ブル札に両替しました。
空港前にはきれいな「ジャカランダ」の花が咲いていました。

  

アジスアベバは標高2000mの高地ということで高山病に注意がいるようです。
アジスアベバは「新しい花」という意味で、100年ほど前にメネリクU世によって開かれた首都で人口350〜400万人に増加しつつあります。
さっそく、近くのウントット山(標高2600mくらい)へ登り、緑豊かな街並みを見渡しました。
山にはユーカリの木がきれいに植林されていますが、これもメネリクU世がオーストラリアから移入したものだそうです。

  

山から下りて、シロメダマーケットへ出かけました。
マルカートと呼ばれているようで治安はあまり良くないようですがが、リサイクル品など色とりどりの商品が並んでいます。

  

エチオピアではサッカーが人気で、子供たちはよくナショナルチームのTシャツを着ています。
後で聞いたらエチオピアはアフリカの中でも最も治安の良い国だそうです。

こざっぱりしたレストランで昼食をとりましたが、食事がなかなか出てきません。ここでは「ゆったり感」が大切ということでした。
ビールは色々の種類があるようですが、すっきりした味わいで、乾燥したのどに沁みます。 写真は聖ゲオルギビール。

  

南エチオピアに向って出発
マーケット観光が終わると、アジスアベバには宿泊せず、トヨタランドクルーザに乗って旅の目的である南エチオピアに向って出発。 
トヨタの車はドバイを経由して輸入されていますが、トヨタ車は圧倒的な人気です。
また、トラックは「いすゞ」が人気です。
街を出ると、高速道路が走っています。まだ建設途上ですが、中国によって建設され、この道路を使ってコーヒなどの農産物等がジブチの港に運ばれ、世界各地に輸出されているということでした。

 
 

ズワイ湖に立ち寄り
3時間ほど走って、エチオピアで4番目に大きなズワイ湖に立ち寄りました。
この湖には魚が多いのか湖岸にはマラブーやアフリカ鷲が遊んでおり、野鳥の天国という感じがします。

  

さし網漁でティラピアの他、ナマズ等も獲れており、湖畔には「焼き魚レストラン(小屋)」が並んでいました。

  

夕方、宿泊地のランガノに到着し、SIMBO LODGEに宿泊しました。


3日目 今日はランガノから南へ340km走ってアルバミンチまで旅行します。

湖畔の朝、美しい日の出を楽しみました。

  

湖畔の宿はきれいな花や可愛い小鳥の声で溢れており、朝食のバルコニーにも警戒せずに近寄ってきました。

  

午前中は一路、南へ
建築用の曲がりくねった丸太棒がいいですね。

  

ドルゼ族の村を訪問
昼食後、バナナやマンゴーの畑が続く道を通ってアバヤ湖畔を経てドルゼ族が住む村を訪問しました。
ドルゼとは「織り人」という意味だそうで、女の人が糸を紡ぎ、男の人が布に織るんだそうです。

  

ドルゼ族はアルバミンチ郊外の標高2500m地点に住む少数民族で、今はいませんが、昔、象がいた歴史を伝えるために像に似せた家を作っており、織物や工芸品の販売を兼ねてダンスを披露してくれました。

  

  

  

アルバミンチに到着
アルバミンチは40の泉という意味だそうで、多数の泉があるそうです。
MORA HEIGHTSに泊まりましたが、ティラピアの姿焼きをいただいた後、コーヒーセレモニーを披露してもらいました。
豆を焙煎するところから飲むところまでかなり時間がかかりますが、この長い時間を利用してお喋りをするのに意味があるんだそうです。

  

4日目 今日はアルバミンチから南へ240km走ってジンカまで旅行します。

MORA HEIGHTSのレストランで朝食。ホテルはアルバミンチの高台に位置し、アバヤ湖とチャモ湖の二つの素晴らしい眺望の中でのしゃれた朝食でした。

  

庭にはマンゴーやカラフルな花も多く、爽やかな朝でした。

  

バナナ畑を通り、牛の行進を待って、ツマイ族の村を目指します。

  

大地溝帯(地球の割れ目)
南はケニア、北はエチオピア北部を通って紅海の方に広がって行きます。
昼間は暑いので牛やヤギも木陰でのんびりしています。

  

途中、KANTA KONSOというきれいなレストランで休憩しました。
パパイヤやプルメリアやブーゲンビリアなどが目を楽しませてくれます。

  

庭には色とりどりの花が咲いていました。

  

ツマイ族の村に到達
成人の儀式に10頭の牛の背中を跳び越す「ブルジャンプ」で有名な部族で、年齢は数えず、「ブルジャンプ」できた者だけが成人になり、結婚もできます。
教育は部族内の「寺子屋」のような所で、主として「部族の言葉」を教えるそうです。
昔ながらの生活をしているようですが、もう数年の内には「お金」「バイク・車」「スマホ」の文化に流される日が来そうです。

  

ジンカに到着
周辺に少数民族が多く住んでおり、少数民族の村訪問の拠点となる街です。
ジンカのレストランでチキン料理を食べましたが、この地方のニワトリは日本のプヨプヨした鳥肉と違って筋肉隆々としていて、あごの強化になります。
若者には日本のアニメが流行しているらしく、上手に日本語で挨拶をしてくれました。

  

ジンカのマーケット
今日は土曜日で週一度の市が立っていてすごい活気があります。

  

子供達もしっかり商売しています。

  

アリ族の村を散策
アリ族は農耕や、放牧と共に陶器作りなどで暮らしています。
村に小学校・中学校があり、近くに工業専門学校もあったので、孤立から同化へ進んで行きそうです。

  

大勢の子供達に取り囲まれました。結納の牛があれば、何人も制限なく奥さんを持つことが出来ます。

  

30分ほど走って宿泊地のエコオモロッジに行きましたが、今日出会ったツマイ族やアリ族の青年や川で洗車をしていた青年などの姿を見ていると、ぜい肉がなく、見事に鍛えられており、肉体労働が多いこともありますが、多分鍛えられた体が彼らの誇りなのだと思います。

  

5日目 今日はジンカからマゴ国立公園内のムルシ族を訪問、南へ160km走ってトゥルミまで旅をします。

この日は丁度日曜日で、エコロッジの朝はイスラムのアザーンのようなエチオピア正教の放送がニワトリの声に混ざっていつまでも流れていました。

  

ムルシ族の村を訪問
ムルシ族はマゴ国立公園周辺に住んでいて、女性は下唇にお皿を入れます。
皿が大きいほど美人とされ男の持参金が増え、思春期から結婚に向けて穴を開ける。下の前歯は皿と当たらないよう抜いている。また肌に傷を付けて肉を盛り上げて装飾をする習慣もあります。
一人ワンシャッター5ブル要求されるので、ガイドさんが交渉してくれ、とりあえず4人まとまったところを撮影しました。

  

家を写すのは無料だと言われて写真を撮ろうとすると、さっと大勢の人が並んでしまうので、撮影をギブアップ。
やっといいモデルを見つけた所、背中から赤ちゃんを前に廻してきて、その隣にもライフル銃の彼女が現れ、最後に手だけ写った女性が画面に入りました。これで撮影料5人分25ブル(125円)
女性はこのモデル料が主収入のようなので、真剣な努力には頭が下がります。
男性はトンガと云う木の杖を持ちこの杖で戦う競技があり、トンガの優勝者は英雄として尊敬されるそうです。

  

トヨタランクルもギブアップ
ムルシ族の村からトゥルミへの移動の途中、40℃以上の暑さと、未舗装の悪路が重なり、3台のランクルの内、2台でタイヤのパンクが起こり、エンジン不調も発生。
車を乗り換えたり、昼食時間や訪問予定を大幅に変更したりしたが、このタイヤ交換の時間を利用して、牛飼いの少年達が川で泳いでいる写真を撮ったりしました。

  

ようやく、夜になってTURUMI LODGE に到着
トゥルミはエチオピアでも最南部でケニアや南スーダンがすぐ近くになります。

シャワー等のインフラが不完全で、部屋の中には小さなカナブンやバッタのような虫も沢山いて、少々の驚きはありましたが、なんとか凌ぐことができました。
また、ロッジと食堂が離れていて、かなりの距離が暗い夜道だったので満天の星を楽しむことができました。

ここTURUMI LODGEでは2連泊しました。



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「南エチオピアの人々」
2016年3月9日〜 3月18日 (前段)