6日目 今日はトゥルミを拠点に、180km走ってカロ族やハマル族の村を訪問します。

トゥルミロッジの爽やかな朝。鳥の声で起きました。

カロ族の村へ移動
砂漠の花(Desert Flower)や大きな蟻塚が幾つも見られました。
砂漠の花は、乾燥した枯れ木の中に、桜の花のような鮮やかな花を見るとホッとします。

  

カロ族の村を訪問
カロ族とはハマル族の一部が移住したもので、下唇に針を刺しており、子供たちは頭に花を飾り白いボディペイントをしています。
今回もまたモデル料のトラブルを避けるため、代表4名の集合写真の後、個別の写真撮影をしました。

  

カロ族の女性(後ろは世界遺産のオモ川)
オモ川は世界最古の人類の化石が沢山出土されており、世界遺産に登録されている。

  

またも車両トラブル発生
カロ族訪問から帰り道、トヨタランクルにエンジントラブル発生。
牽引ベルトで牽引中にベルトが切れるやら、後続車のブレーキが利かず先行車に接触、あわや横転というトラブルが発生し、「パリ・ダカール・ラリー」を生で体験しているような気分だった。

  

トゥルミの野外マーケットを訪問
ハマル族の人達が中心になっているマーケットのようです。タバコ屋や炭屋が店を出しています。

  

売買は主に生活必需品や装飾品と子羊などを物々交換するそうで、売買をした後は部族のバーに集まり、お酒を飲んだり、おしゃべりを楽しんでいるようでした。

  

ハマル(ハマー)族の村を訪問
ハマル族の既婚女性は髪を編み込み赤い石を削ったものとバターを混ぜて塗り、金属製の首輪をはめています。 男性には「牛飛び」の成人式があります。
ここでも一夫多妻制で、結納の牛があれば、無制限で夫人を持つことが出来ます。第一夫人は特別の首飾りをしています。

  

「箪笥・長持ち どの子がほしい」といった感じの歌とダンスを披露してくれました。
踊りの途中、親父が出てきて、二人の息子が牛の世話をほったらかして、踊りに参加しているのを追い払うハプニングがあったが、最後に「ニヤッ」として退場する姿を見るまで「嘘か本当か?」見分けがつかない名演技だった。

  


7日目 今日はトゥルミからコンソを経由し、180km走ってアルバミンチへ移動します。

ベンナ族の村を訪問
この民族も男性は一夫多妻・ブルジャンプの成人式を持つ。

  

村の中では山羊などの家畜を飼い、ハチミツを集めるカゴのようなものが設置されている。

  

コンソ族の段々畑(世界遺産)とデモ
コンソ族は王様を中心とした共同体社会を作っており、見事な段々畑は世界遺産に登録されています。
コンソ族の村に行く途中、多くの人が集まっていたので聞いてみると、デモが行われているということだった。
実は昨日、政府軍がデモ隊に発砲して3人が死亡したそうで、原因は、コンソ族の自治権拡大に関わっているような話で、世界遺産への登録でもコンソ族の意見をあまり聞かずに行ったことなどがあるようです。

  

軍隊も出ているので、昼食をとったKANTA KONSOで情勢を調べ結果、コンソ族の村の中央までは行かずに道端で村の様子を見ることにしました。
家の屋根が2重になっているのが独特で、広場にはサッカーのゴールもあります。

  

チャモ湖でボートクルーズ
エチオピア第3位の広さを持つチャモ湖にはカバやワニが沢山いるという話だったが本当にいるんだろうか?
岸辺にはシラサギや、小鳥がいた。

  

いざ、沖を目指してクルーズへ。イエロー何とかという嘴の黄色い鳥。

  

カバは見つけたが一瞬、水上に顔を出しただけだったので、ほぼ撮影失敗。ワニは9mほどのナイルワニが魚をくわえて悠々と泳ぐ姿を撮ったのでまあ成功ということにしておきましょう。

  

8日目、アルバミンチから540km北上してアジスアベバに戻ります。

アジスアベバに向って北上
南の方では、薪や水タンクを背負った人たちをよく見受けました。

  

勉強道具を持った子供たちが挨拶をしてきました。午後の授業に出る途中でしょうか。
道端のコーヒー屋で注文をして、ミントの葉っぱのようなものを浸して飲む。

  

アジスアベバに到着
エチオピアの民族音楽と踊りを楽しみながら、エチオピアの料理をいただきました。
インジェラでおかずをくるんだエチオピア料理を食べます。

  

宿泊はヒルトン・Addis Ababaホテルです。
ちょうどアフリカ・サミットが開かれていて要人のような人も見受けられました。

9日目、10日目、アジスアベバ市内観光後、香港経由で成田へ

エチオピアはアフリカ中で一番経済成長率が高く、アディスアベバの街は建設ラッシュですが、鉄道や道路にも中国資本がかなり出回っています。

勝利記念碑とメネリクU世像
街のロータリーにイタリアに戦勝した記念の碑とメネリクU世像が建立されていました。
エチオピアは白人国家に植民支配を受けなかった歴史を誇りにしています。

  

トリニティ教会を訪問
トリニティ教会(三位一体教会)は、エチオピア正教の重要な教会です。

  

トリニティ教会のステンドグラスに「シバの女王」がソロモン王に会見する絵が描かれています。
ポールモーリアの音楽で有名なシバの女王は、イスラエルのダビデ王の次男であるソロモン王を訪ね、その子をエチオピアで生み、ソロモン王朝が始まったそうです。エチオピア北部にシバの女王の宮殿跡があります。
ソロモン王朝の継承者と言われるハイレ・セラシエ皇帝は1974年殺害され、ここにソロモン王朝は途絶えます。
そして、トリニティ教会にハイレ・セラシエ皇帝と妻マナンの棺が安置されていました。

  

聖ギョルギス教会
槍で竜を退治している聖ギョルギスはエチオピア人の好きな聖人だそうです。
聖ギョルギス教会は1896年に、対イタリア(アドワの戦い)の勝利記念に建てられました。

  

教会付属の博物館には、メネリクU世、ハイレ・セラシエ皇帝の遺品が展示されていました。

  

国立博物館
国立博物館は1953年までハイレ・セラシエ皇帝が住んでいた建物です。
最古の2足歩行人、ルーシーは1974年、エチオピア北東部のアワッシュ川下流域で発見されたということで、この化石人骨の年代は350万年以前に遡ります。なお、「ルーシー」は発掘していた人がビートルズのLucy in the Sky with Diamondsを聞いていた時に発見したので、名づけたと言っていました。
賢そうな小学生が勉強に来ていました。

  

コーヒーセレモニーとメルカード
3度目のコーヒーセレモニーを体験した後、アフリカで一番大きいと言われる市場メルカードを通って空港に向かいました。

  

旅の終わりに

今回の旅は、かなりタフなものでした。走行距離、車両トラブル、暑さ、異文化との遭遇などをツアースタッフがサポートしてくれ、感謝・感謝という所です。タフだったけど、いい旅だったなあ。

とにかく喉がカラカラに渇いて、身をもって水の大切さがわかりました。
もっと大きな目で見ると、南エテチオピアの中でも、水の豊かな所と、乾いてしまった所では、生活のし易さが全然違う。
今年、異常乾燥によって、エチオピアの南東部で数十万人の餓死者が出ると言われているが、水は本当に大切ですね。

部族の人達は厳しい環境の中を原始的な生き方で、多分、快活に生きていると思いますが、「お金・バイク・スマホ」などが入ってくると急速に変化していくことでしょう。

日本では「二股をかけた」とか言って、不倫の話題がテレビを占領していますが、部族社会では甲斐性があれば何人でも夫人を持つことができます。多分、女性も「一流企業に就職する」という意識だろうと思いますが、「所変われば・・」という気がしました。

行く先々、群がってくる子供達に取り囲まれ、この子供達の先には苦労も多いだろうなとの思いが付きまとったが、何よりエネルギーに溢れており、少子化でスマホ依存症の日本の子供より余程明るい将来が見えました。



     南エチオピアの人々(前段)へ


 中埜和男 世界の旅(トップページ)へ


中埜和男もろもろ三昧記(トップ)へ

 
会員コーナーへ

不惑会トップページへ
 

「南エチオピアの人々」
2016年3月9日〜 3月18日 (後段)